スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
禁煙?
2007 / 01 / 30 ( Tue )
タイトルは「禁煙」となっていますが、ここではタバコの害について解説し、禁煙を勧める、もしくは禁煙法を紹介するという主旨のものではありません。
今回もラジオを聞いていて小耳に挟んだのですが、禁煙は家族(周りの人)の協力があると長続きしやすいというパーソナリティーのコメントがありました。
これを聞いた時、自分が教材として使っているらくだ教材のやり方と似たような考え方だと思ったのでした。
それをしようとして中々出来ないことの筆頭に挙げられるのが禁煙と言えるのではないでしょうか。
その禁煙をするのに周りの人の協力が大きな力になる?
わたしが(有)セルフラーニング研究所の許可を得て使用しているらくだ教材は、子どもがひとりで進めていくことが出来るようになっています。
自分で決めた教材を、自分が決めたペースで、自ら進んで学ぶといっても、では子どもたちを放ったらかしにしてにして、うまく行くというものでもありません。
そこには、自分を認めてくれる他者がいて、その人との約束というような箍をはめることも一つの方法です。
人間、大人になっても、自分で決めたことを実行するというのは中々難しいことです。
ですから、らくだ教材を使って学ぶ場合も、自分ひとりで学べるようになっているとは言え、そこに寄り添ってくれる他者がいるということが力になる場合もあるのです。
無理強いするのではなく、見守ってあげることが大事なのですね。
スポンサーサイト

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

21:38:55 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ラグビー
2007 / 01 / 25 ( Thu )
今回はスポーツネタです。
と言って、独自に集めた情報によるものではなく、あくまで某スポーツ雑誌の記事を読んでの感想なので、事実関係は若干の齟齬があるかもしれませんが、その辺はご容赦いただきたいと思います。
テーマは、ラグビーです。
早稲田大学のラグビー部の今シーズンの監督は、昨シーズンまで監督を務めた清宮氏からバトンを受け継いだ中竹氏です。
わたしは、清宮氏の手腕は素晴らしかったと思いますが、私自身が人をぐいぐい引っ張っていくというよりは、個々の能力を引き出していくタイプだと思っており、中竹氏に似たものを感じて、期待をして注目していました。
中竹早稲田は、大学選手権の決勝で関東学院大学に敗れ、準優勝という結果に終わりました。
某掲示板では、能力の高い選手を揃えていながら敗れた中竹監督がかなり厳しく批判されていました。
その中に、清宮前監督のぐいぐい引っ張っていく手法を踏襲するべきところを、選手に大事なことを任せて負けるとは言語道断であるというような意見が見られました。
結果が出なかった(といっても大学no.2)ことでいろいろな批判にさらされることは、人気チームの監督としては仕方がないことなのかもしれません。
しかしわたしは次のような感想を持ちました。
清宮氏のような手法を早稲田大学ラグビー部が継続したいと思ったのならば、清宮氏に引き続き指導を依頼すればよかった訳です。
さもなければ、清宮氏のようなタイプの人材を探せばよかったのです。
最も監督交代には清宮氏の事情があったのかもしれませんが。
だから、中竹氏に白羽の矢を立てたというのは、中竹氏の中に期待するものがあったはずなのです。
片や、優勝した関東学院大学のラグビー部は、現在150人からの部員がおり、練習への取り組みは、選手個々に委ねられ、練習メニューは極基本的なものだと言います。
関東学院大学のラグビー部のОBのある選手によれば、早稲田の選手は大学時代からとてもレベルの高い練習をし知識を持っていると舌を巻いています。
しかし、学生主体の関東学院大学は、今年で10年連続の大学選手権決勝進出、その内優勝が6回、清宮早稲田とも2勝3敗と決して引けを取らない成績を収めているのです。
そもそも中竹氏は清宮氏ではない訳で、中竹氏が清宮氏のようなやり方で同じ結果が出せたのかだって分からないのです。
だから、今回の結果は、中竹早稲田対春口関東学院の勝負だったのであって、中竹早稲田と清宮早稲田の勝負ではなかったということです。
学業であれ、スポーツであれ、仕事であれ、言われた事をやっているだけでは一流にはなれないと思います。やはり個々の自主的な取り組みは尊重されるべきだと思います。
ただ、最初に触れたように、清宮氏が素晴らしい成績を残した中には、当然選手の自主性を重んじる部分がなかったはずはなく、それがわたしが読んだ記事の中では強調されていなかったということだとは思っていますが。

テーマ:子供の教育 - ジャンル:学校・教育

10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
子どもの見ているものと親の見ているもの
2007 / 01 / 18 ( Thu )
Rちゃんは、小4ですが、ご家族の方はRちゃんを方向音痴だと言います。
Rちゃんがわたしの教室に来ることになった時、私はどう道案内をするか迷ったのですが、結局、少し歩くけれど乗換えがない方法を教えることにしました。
慣れて来たら、他の道順も教えようと考えていた時に、ふと思ったことがあります。
それは、「ああ、道が分からないと言うことは、分かっている人とは見えている景色が違うんだな」ということです。
例えば、歩きタバコが子どもの目を直撃してしまって失明することがあると聞きます。
大人と子どもの背の高さが違うことによって起こる悲劇ですが、子どもが見ている景色を想像してみると、自分たちが普段当たり前のように見ている景色とまるで違うことに気が付きます。
だから、例えば道に迷って電話をしてきた時でも、その辺りに詳しい人であれば、電話してきた人がどこにいるのかすぐにわかって、そこからの道順を教えることが出来ます。
そこにいなくても風景が分かる人、自分がいる場所をうまく把握できない人。その違いは、何度もそこを歩いたりしているうちに多くの情報を知らず知らずに頭に入れているということなのでしょう。
そう考えると、勉強においても、同じ問題を解いていても、分かっている人と分からない人では、考えていること、気が付いていることがぜんぜん違っているのだということが分かります。
きっと、分かっている人同士、分からない人同士でも、考えていること、気付いていることそれぞれ違っているのかもしれません。
目的地に着くために、いろいろな行き方があるように。
子どもと話しをする時も、もちろん夫婦の間でもそうだと思いますが、ある話題について、同じような考えを持っているようでも、そこに行き着く過程であったりが全く同じということはないと気が付いておくことは、コミュニケーションを取る際に必要なことではないでしょうか。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

10:37:43 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
何かを始めるのに遅すぎることはない
2007 / 01 / 16 ( Tue )
これは、わたしの生きる上での信念の一つであります。
段々年を取ってきて、そういうには無理のあることもあるな、と思うこともありますが、基本的には、何かを始めるのに遅すぎることも、やり直しのきかないこともないと考えています。
確かに、何かを始めるのに、都合のいい時期というのはあるかもしれません。
鉄は熱いうちに打てではないですが、体も心も若い時に鍛えておいたほうが、いいに決まっているとは思います。
ただ、「遅すぎる」と感じるのはどうしてかと考えると、結果を気にしすぎる、他人の目を気にする、など、それを始めること自体に障害があるのではないような気がします。
何をするのかによって、クリアしなければならないことは違ってくると思いますので、一概には言えませんが、新しいことにチャレンジするということは、新しい自分と出会えるチャンスかもしれません。
新しいことを始めれば、それを通じてこれまでの生活では出会えなかったような人との出会いも生じてくることでしょう。
そういう中で、それまでは自分でも気が付かなかった自分を発見することもあるかもしれません。
齢を重ねると、気力も体力も減退してきますから、新しいことを始めること自体が億劫になってくることもあると思います。
でも、新しいことというのは、そんなに難しいことばかりではなくて、最近流行の『奥の細道』を鉛筆で書くというような、比較的手軽なものから、考えてみれば、いろいろあるのではないでしょうか。
硬筆の習字を始めるとか、同時に自分の好きな文章を書き写してみるとか、そこから、派生してくることもあるかもしれません。
手前味噌になりますが、当塾で使用している、(有)セルフラーニング研究所のらくだ教材を使って、勉強をしなおしてみるというのもありです。
こちらは、少し勉強に遅れてしまって何とかしたい、学校の勉強では物足りないので、どんどん先に進みたいというお子様にも、ご利用いただければと思っています。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

11:36:23 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自分を知る
2007 / 01 / 15 ( Mon )
小学校6年のI君、中学受験を目指しています。
本人は志望校合格に自信満々なのですが、ご両親は不安で一杯です。
これまでの模擬試験の成績は、科目によってかなり開きがあり、また、同じ科目でも問題によって、出来にかなりバラつきがあります。
また、決定的とも思える苦手科目もあります。
合否判定でも、受験予定の学校で、合格圏内の数字が出たこともありません。
それでも本人は、自分がやってきたことに自信があるようで、塾では勉強するものの、家でそのフォローをすることはまずありません。
結果は出てみなければ分かりませんが、ご両親は、もう少し自分の状況を冷静に把握して、自分の足りないところ、もしくは、自信をより強固にするような努力をしてもらいたいと思っています。
昨年の12月頃から、「もう残りの時間も少ないのだから、少しゲームをする時間を減らして、できる限りのことをやってみよう」と言っても、その時はいくらか同意しているような素振りがあっても、結局は行動のは表れないのだそうです。
もしかすると、本人的には一杯一杯のところなのかもしれませんし、自分のペースを崩さないと言うのは、ある意味、意思が強いのかもしれません。
一応、周りが受験するからと言うことで、本人に、どうしても合格したいという気持ちが不足しているのかもしれません。
もうすぐ結果が出ます。
結果が出た後、I君は、どんなことを思うのでしょうか。

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育

10:57:12 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
朝ごはん
2007 / 01 / 13 ( Sat )
今回もラジオネタです。
今回はネットでのフォローをしていなのですが、以前に同じようなテーマの本を見かけたこともありますので、書いてみます。
朝ごはんについては、しっかり食べる、軽くてよいなど、いろいろな意見があるようです。
今回わたしが聞いたところによると、朝ごはんをしっかり食べるべきと言っていたのは、夜は早く寝て、朝は日の出とともに起きて野良作業をするような生活をしていた時の話であるというもので、現代のように夜更かしをして、朝起きて特別作業があるわけでもない人には、軽い朝ごはんでよいというものでした。
わたしはそれを聞いて、なるほどと思ったのですが、わたしはそういうことが習慣になっていないせいか、朝からしっかりとお腹がすいてしまうのです。
ただ、こういうことを言う人がいるということは、少なくとも、朝ごはんを食べるということについても絶対視することはなさそうで、朝、ぎりぎりまで寝ている子どもに無理にでも朝ごはんを食べさせなければ、という強迫観念からは開放されるとは言えるのではないでしょうか。
大体、現代のこの飽食の時代、一食抜いたところで、多分、家の中には口に入れるものはあるはずで、大したことにはならないのではないでしょうか。
少なくとも、食べる食べないをきちっと意思表示させるようにする、前の晩に、どうするか決めさせるとか、自分で管理できるようにもっていくようにする方向性で考えたほうがいいと思うのです。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Uちゃんの話
2007 / 01 / 10 ( Wed )
幼稚園年少のUちゃんは、昨秋某私立幼稚園に合格しました。
Uちゃんは、年少受験の時は比較的集団行動を重視するお教室に通っていて、Uちゃんは母子分離などは全く問題なく、お友だちとも仲良くするのは得意だったので、安心していたところが結果は不合格でした。
それからUちゃんのお母さんの奮戦記がスタートします。
前回の反省から、お勉強を見てくれるお教室を知り合いの人に教えてもらい、幼稚園に通わせながら、お教室へも通わせ続けました。
最初の頃は、パズルやいろいろなお勉強がゲーム感覚で楽しめていたUちゃんですが、教材が進んで中々出来ないことが続いたりするうちに、段々お教室へ通うのを嫌がるようになっていきました。
お父さんが、お母さんのピンチヒッターで連れて行った時には、お教室の前で泣いて中に入ろうとしなかったこともあったといいます。
お母さんは、「何でも嫌だ嫌だで通ると思ったら大間違いだ」とUちゃんを叱咤したと言いますが、Uちゃんにとって見れば、自分がやりたくて始めたことでもないのに、こんなことを言われてたまったものではなかったでしょう。
お父さんは、もう随分頑張ったのだから、もういいのではないか、嫌がるものを無理やり連れて行って、本番の時に勉強(テスト)なんて嫌だ、などと言い出して、部屋に入っていかなかったら、得点以前のことではないか、と思ったりしたと言います。
それでもお母さんは、ユーちゃんをなだめすかしながらお教室へ通わせ続けました。
試験の直前には、お教室の先生が、午後はクラスが埋まっているということで、総長に補修のクラスを特別に仕立てて下さったりして、追い込みをかけたと聞きますが、結果からすると、お母さんも良く頑張ったと思いますが、Uちゃんも良くそれに応えたものだと思います。
わたしなどは、部外者ですので、話しを聞いていて、そんなに無理強いしなくてもいいのではないかと思ったりしたものですが、試験に合格するためには必要だったのでしょうし、同じような努力をしても残念な結果に終わったご家庭も相当数いらっしゃるわけで、学歴社会をどうのこうのと言ってみたところで、チャンスはこの時しかないと思うと、やはり力が入ってしまうのでしょう。
合格したお子さんも、残念な結果に終わったお子さんも、子どもたちは、環境に適応するのが早いですし、幼稚園受験くらいになると、そもそも子どもたちに受験した記憶も残らないでしょうし、それぞれに楽しい思い出をいっぱい作って幼稚園生活を送ってもらいたいと思うのです。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
非難すること
2007 / 01 / 09 ( Tue )
臨床心理学に関する本を読んだりすると、臨床心理学の世界では患者(クライアント)さんに寄り添って話を聞くという表現が出てきます。
この寄り添ってというのは、必ずしも全てを肯定するとかクライアントの話を真実として捉えるとかいうことではなくて、「あなたはそのように考えているのですね」というように受け入れてあげることだということです。
わたしはカウンセリングというものは、カウンセラーが何かアドバイスをしてクライアントが良くなっていくものかと思っていましたが、いろいろな学派や流派のようなものがあるのか分かりませんが、来談者中心療法という考え方においては、クライアントはあくまでクライアントの力で良くなっていく、カウンセラーはそこに立ち会ってあげるようなものだということです。
そこでテクニックとしてあるのが、クライアントに寄り添うということなのだそうです。
わたしは専門的に学んだ訳ではありませんが、わたしが本を読んだところでは大まかこんな感じだと思います。
ただ、専門家はそのバックボーンとして、心理学における深い知識と、経験を積んでいますので、素人がまねをしてすぐ出来るようになるというものでもありません。
有森裕子さんの話をここの所度々使わせていただいていますが、わたしは、やはり相手を非難する気持ちで接したのでは、相手に気持ちは伝わらないのではないかと思うのです。
「~をしなさい」と言わないようにしていると、得てして「しなさい」と言わない代わりに、相手を非難するような言動になっていることがあることに気が付きます。
と言って、朝、子どもが中々起きなくて、学校に遅刻するのではないかとハラハラしている時に、悠長に相手が思っていることを聞いてなんかいられない、という気持ちも十分に分かります。
だから、普段の会話の時に、相手の気持ちをagreeできなくても、understandしてあげようという努力をお互いにすること、相手に理解してもらいやすいように話すことが大切なのではないでしょうか。
お互いに自分が受け入れられているという感覚を持っていることで、気持ちを伝えやすく出来るのではないかと思うのです。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

09:28:35 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自分事として考える
2007 / 01 / 08 ( Mon )
ある日、電車の中で子どもたちが席順を決めるのに揉めているのを見ました。
一緒にいたお母さんは、始めは静かに「仲良く座りなさい」と諭していましたが、段々イライラしてきて、「何度言ったら分かるの」と大声を出していました。
子どもたちの年齢は小学校低学年から幼稚園年少くらいの子どもたちでした。
わたしもこの子たちを一言で静かにさせることが出来るとは思えませんが、一つ子どもたちに伝えたいことが思い浮かびました。
わたしはこういう時、「どうしたら、みんなが仲良く座れるか考えてみたら?」ということは、その時をどうするかということもともかく、大事なことではないかと思います。
「みんなが仲良く座るために、自分は何が出来るのか」ということを考えることは、以前に書きましたが、有森裕子さんがおっしゃっていた「agreeを求めるのではなくundersutandを考える」ということに通ずると思うのですが、相手を自分の考えるように変えようという方向ではなく、うまくやっていくためにどう考えるかということに繋がると思います。
子どもたちにも、すぐではなくとも、こういう風に考えてみてはどうか、ということは伝えていければと思うのです。

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
毎日走る(続)
2007 / 01 / 07 ( Sun )
先日、休んでしまっている朝のランニングを再会するきっかけを作らなければ、ということを書きました。
結果からすると、書いた翌日は、やはりもう少し気持ちが乗らなくて休み、昨日は雨で中止ということでした。
そして今朝、昨晩はランニングのことを考えて少し早く寝ましたが、やはり、着替えて外に出るには気持ちはもう少しというところでした。
しかし、このブログのことを思い出し、というか、何か書かなければならないと思いつつ、題材が、この走ることしか思い浮かばず、一旦は走れない自分について書こうかとも思ったのですが、結局、このブログが後押しをしてくれて走れた、という結末になりました。
明日以降どのように続いていくか分かりませんが、取り合えずきっかけは作れました。
何事によらず、続けるということは中々大変なことですが、そもそも始めなければ続けること自体があり得ません。
毎日毎日の事だと、その日その日でいろいろな感情が起こるものですが、そういう自分と付き合いつつ、走ろうと思うのです。
09:56:41 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Rちゃんの復活
2007 / 01 / 05 ( Fri )
小4のRちゃん、小1の頃かららくだをやっていましたが、先月、お母さんとけんかをしてらくだをやめてしまいました。
もともとあまり熱心にやっていた子ではありませんでしたが、反抗期に入ってきたこともあってか、促しても返事が中々相手をいらいらさせることを故意に言うようになってきていました。
そんな折、何か自分のことは自分でやるようにしようというような話の途中で、度々繰り返される「面倒くさい」という言葉にお母さんは頭にきてしまいました。
それで売り言葉に買い言葉「そんなに何もかもが面倒くさいのならば、みんなやめてしまえ」ということになって、しばらく休会となっていました。
そんなRちゃん、1ヶ月位経って「易しいところからなら、またやってみようかな」と言い出したのです。
小1の弟と幼稚園年少の妹がやっているのを見て、やりたくなったようです。
お母さんは「平井先生が、らくだはやりたくなくなってからが本当のらくだだと言っていたよ。出来なくて苦しんだプリントができた時に『やったー!』と思うでしょ。その『やったー!』のために頑張るんだよ」と軽く釘を刺し、Rちゃんはらくだに復帰しました。
今回は(もちろん、最初に始めた時もそうだったはずですが)自分から言い出したことですから、少しでも長く続いていって、Rちゃんのやる気が実力に結びついていくように、うまくサポートしていきたいと思っています。

テーマ:子供の教育 - ジャンル:学校・教育

23:01:21 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
毎日走る
2007 / 01 / 04 ( Thu )
わたしは、中学生の頃から運動部(大学では同好会)にいまして、卒業後も何かしら運動をするようにしてきました。
それが、ここ半年ほど、生活環境の変化などから運動をする時間を作れていませんでした。
おなかの周りも気になってきたりして。
それで去年の暮れくらいに、朝、家の周りを走ることにしました。
家の周りには坂が多いので、行きは下りでジョギングをして、最後に上り坂を一気にダッシュで駆け上がるコースを考えました。
1週間くらいは続いたでしょうか。
もう休み出して2週間くらいになりそうです。
また、走りたいと思っているのですが、きっかけを掴みかねています。
明日から、走りたいと思います。
22:21:45 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
年始のスケジュール
2007 / 01 / 04 ( Thu )
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

ところで、誠に勝手ではございますが、所用が入り、4日は、塾を開けることが出来なくなりました。
よろしくお願いします。

また、年末年始、やはりバタバタしておりまして、ブログを更新することが出来ませんでした。
誠に申し訳ございませんでした。
気持ちを新たに更新をしていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
01:17:04 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。