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はさみの練習
2007 / 03 / 28 ( Wed )
先程、ネットを見ていて『はじめての「はさみ」れんしゅうちょう』という新刊書があるのを見つけました。
はさみの使い方というのは、練習帳で身に付けるようなものなのかな、と思いました。
本当なら、子どもが何か作りたいものがあって、そのためにボール紙や色紙の形を変えたい、整えたいということがあって、はさみを使ったり、カッターナイフを使ったりするので、そういうことを通じてそれらの使い方に習熟していくものなのでしょう。
もちろん、子どもは、いろいろなものに興味を示すので、はさみ自体に関心を示すこともあるでしょう。
いずれにしても、練習帳で、最初は直線をきりましょう、次は曲線、その次はジグザグとか練習するようなものなのでしょうか。
もしかすると、お母さんや、お父さんが、実は遊ぶのが下手で、子どもが何かを作ったりする手助けができないということなのでしょうか。
それとも、忙しくて、一緒に遊んであげる時間がないのかもしれません。
また、大人は、得てして、きちんとしたものを作りたがる(作らせたがる)ので、子どものペースで一緒に作ると、もどかしくて堪らないのかもしれません。
現代は、情報化社会で、色々な意見が聞ける半面、それに振り回されている面が多分にあるとも思われますので、お母さんやお父さんの意識の中に、「はさみの正しい使い方」をきちんと身に付けさせたいなどという強迫観念があるのかもしれません。
はさみは刃物ですから、安全には十分な注意が必要だとは思いますが、マニュアルに振り回されず、子どもがやりたいように持たせてあげる方が、いいような気がします。
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予習か復習か(改めて)
2007 / 03 / 25 ( Sun )
最近、ホームページをアップしたのですが、その中でもう少し、塾の考え方を伝えるようにしたほうがいいのではないかと思い、これまでお問い合わせいただいたこととか、こういうところをもう少しお話すればよかったということとかをピックアップし、文章にしています。
その中で、生徒が、自分の学年より先に進むことについて、まだ教わっていないことに挑戦するという意味では、先に進むことは意味のあることだと書きながら、以前にこのブログで、予習より復習をと書いたことを思い出しました。
その際にも、書いたと思いますが、もう一度確認をしておこうと思います。
当塾で使用しているらくだ教材ですが、この教材は、誰からも教わらずに、一人で学習することができるようになっています。
ということは、順調に学習が進んでいけば、知らないうちに自分の学年より先に進んでしまうこともあるのです。
ただ、これが人に聞くこと、誰かにやってもらうことになれている子は、習っていないことは出来ないと初めから投げてしまいます。
らくだ教材は、コツコツプリントをやり続けると、苦手なこともいつの間にか出来るようになってしまう、人から教えてもらわなくても、自分で考えて答えを見つけ出せるということを体験するための教材なのですから、先に進める子はどんどん先に進んでいいはずなのでした。
だから、わたしが、予習より復習ということを書いたのは、授業で苦労しないようにと親が気を回し、塾や家庭教師に見てもらって、教えてもらったのでは、教えてもらう場が学校ではなくて塾や家庭教師になるだけで、わたし達が考えているような、自分から未知の分野に挑戦するということとは主旨が違うということを言いたかったのです。

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「ほめる」ことと「みとめる」こと
2007 / 03 / 17 ( Sat )
先日、小4のRちゃんのお母さんから、こんな話を聞きました。
小学校で三者面談があった時、担任の先生からいくつか指摘があり、もっともと思いつつ、最近のRちゃんの様子について「長女の自覚というか、弟妹の面倒をよく見てくれるようになったし、私の手伝いもしてくれるようになった」という話をしたのだそうです。
お母さんによると、思ったとおりのことを言ったのだということでしたが、その後のRちゃんは、より一層お姉さんらしくなったのだということです。
「やっぱりほめることも大事ね」とお母さんはおっしゃっていました。
何ヶ月か前に、同じような話を中学校の先生が書いたコラムを新聞で読んだ記憶がありましたので、なる程と思いながらも、何か引っ掛かるものを感じながらRちゃんのお母さんの話を聞いていました。
そしてわたしが思い当たったのは、「ほめる」ことと「みとめる」ことの違いでした。
臨床心理カウンセラーの先生方が、クライアントの信頼を得るために大事なことは、クライアントの気持をそのまま「受けとめてあげる」ことだと言います。
但し、カウンセリングの場合は、クライアントの信頼は得なければならないが、自分に依存させてしまっては回復していかないので、そこのバランスが難しいようです。
ともあれ、この「受けとめてあげる」ということが、わたしがここで言いたい「みとめる」ことなのです。
子どもだって、自分について、好きなところ、嫌いなところ、得意なこと、苦手なこと等、色々な感情を持っているはずです。
そこで、例えば母親から、「○○ちゃんの、これこれのところは好きだけど、なになにところは嫌い」と言われたら、その子はどう思うでしょう。
好きとか嫌いとか、どちらの性質も自分なのであって、嫌いだからその部分だけ捨ててしまえるものでもないのですから。
それによって、そういう性質を直そうと努力する子もいるかもしれませんが、お母さんに好かれたくて、自分を一所懸命変えようとしていたとしたら、なんと健気なことでしょう。
子どもは、もちろん親に好かれたいと思っていて、それ故に親の思うとおりに出来ない自分を情けなくなり、精神のバランスを崩す場合もあると言いますから、「○○ちゃんのなになにのところが嫌い」などという言い方は、本当に気をつけなければなりません。
つまり、「ほめる」ということは、このことの裏返しになりかねないとわたしは考えています。
世の中には、ほめて育てるだとか、厳しく育てるとか、飴と鞭が必要だとか、最近ではコーチングの理論を取り入れた(元々は臨床心理学の方法論か?)子育てなども紹介されています。
臨床心理学の河合隼雄氏は、日本が大家族で暮らしていた時は、親子の問題を祖父母がフォローしてくれるような構造があったが、現代の核家族では、それが出来なくなっているという分析をされています。
結局、子育てをしていれば、局面局面でほめたり叱ったりすることはあると思いますが、その背後に、「あなたのいいところも悪いとことも、全部好きなのよ」という愛情があるかないかが本当に大事なところなのではないでしょうか。
それがあれば、どういう時にほめて、どういう時に叱るのがいいとかいった細かいノウハウなど大したことではないのだと思います。

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帰国子女の外国語(続き)
2007 / 03 / 10 ( Sat )
前回の続きです。
いきなり結論ですが、わたしは、帰国子女の方々が海外の生活で身に付けられた外国語をその後も活用なさりたいという場合は、その言葉を外国語として学び直すのがいいのではないかと思っています。
記憶として定着させるためには、沢山の手がかりがあった方がいいと思うのです。
帰国して、日本人の中で生活するということは、どうしたって外国語を使う機会は減っていきます。
ということは、感は鈍っていかざるを得ません。
感を鈍らせないようなトレーニングを欠かさない環境があればいうことはないのですが、そうでない場合、または、そういう環境があってもメインで使う母国語があることを考えると、外国語として学ぶことで、とっさに出てこない時とか、この日本語は○○語でどういうのかなどという場合には、記憶の取っ掛かりとか、とりあえず伝えるとかいうレベルでは、意外と役に立つのではないかと考えています。

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帰国子女の外国語
2007 / 03 / 07 ( Wed )
長くアメリカで暮らし、今春帰国するに当たり、帰国子女の中学入試を相談された方から聞いた話です。
アメリカで生活して、せっかく身に付けた英語なので、大事にしたい。
しかし、日本で暮らすようになると、やはり日本語に囲まれることになり、子どもは順応性があるので、すぐに英語を忘れてしまうのではないかという危惧をされ、英語教育に力を入れている学校を探されているということでした。
この、小さい頃に海外生活を経験して覚えた外国語を、帰国後に使えなくなってしまうという話は、わたしも以前、海外勤務を経験された方から伺ったことがあります。
子供の頃に覚えた水泳、自転車乗りなどは、大人になっても体が覚えていると言われていますので、言葉の場合は違うのかな、と思ったりもしますが、それとこれとは別なのでしょうか。
わたしは、言葉を使うことは、その思考様式と深いかかわりがあるのではないかと考えています。
例えば、日本語を使うと日本的な考え方になるとか。
日本語を使う環境というのは、日本国内か、海外であっても日本人が集まる場所、日本語を学ぶ環境に限られると思うので、その環境による要因も大きいとは思います。
しかし、日本語とヨーロッパ言語で顕著ですが、主語のすぐ後に述語が来る言語と一番最後に述語が来る言語では、その背景にはそれぞれの歴史、文化などが反映されているともいえると思うのです。
とすると、確かに数ヶ国語を流暢に話す方がいらっしゃいますが、多くの場合は、小さい頃は2ヶ国語を当たり前のように話していたとしても、大きくなり、抽象概念を扱うようになってくると、どちらかの言葉を主として、もう片方をサブとして脳が扱うようにって行くのではないかと思うのです。
海外で生活をされ、複数言語を使うような環境で育った子が、小さい時分に、双方の言語の発達が遅れる、というような話も聞きますので、その辺の研究も必要かもしれません。
少し長くなりましたので、続きは次回ということにしたいと思います。

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(続)わたしが社会人になりたての頃
2007 / 03 / 04 ( Sun )
前回の続きですが、先輩からいやみを言われながら、同じことを何度も質問していたわたしが、曲がりなりにも一人前になっていったきっかけは、実は後輩が入ってきたことでした。
後輩が入ってきたことで、わたしは教える側になっていった訳です。
そして、後輩に教える過程で、自分が1年前に教えてもらってきたことがわたしの頭の中で整理されていったのでした。
やはり、話を聞いているだけでは本当にはわかっていかないものだとうことだと思います。
これも教育現場に当てはめることが出来ます。
つまり、先生が大変な工夫をして面白い授業、わかる授業というのを実践しても、それを受身でただ聞いているだけでは、本当の理解にはいたらないということなのではないでしょうか。
こういう授業は、生徒の先生への依存という弊害も考えられます。
よく、先生が変わって学校や授業がつまらなくなったとかいう話を聞きますが、それがこのことです。
ある意味、先生側からすれば、自分に依存する生徒を作って、結果成績が上がれば、それはその先生の能力と評価される、または自己満足に繋がることであるとも言えます。
少し辛らつすぎましたし、いろいろな人の話として、自分が学校に通っていた当時の先生を懐かしそうに話す人はいますし、わたしも思い出に残っている先生は沢山いますので、人と人が出会うところなので、お互いにそれなりの感慨を抱くのはもちろん不自然なことではありません。
少し話が横道に逸れてしまいましたが、勉強というのは、教えてもらうことよりも、一度やったことを確実に身に付けることのほうに重点を置いて考える必要があるのではないでしょうか。
教える人が主役になるのではなく、あくまで学ぶ人が主役でなければいけないではないでしょうか。

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わたしが社会人になりたての頃
2007 / 03 / 01 ( Thu )
わたしが、大学を卒業して就職したのは、電気部品を製造販売する中堅企業でした。
大きな会社ではなかったので、必ずしも毎年採用があった訳ではなく、わたしのすぐ上の先輩は、2年先輩で、1年下に後輩がいなかったのが寂しかったらしく、わたしが入社して後輩が出来たのが、とてもうれしかったのだそうです。
わたしは、大学で何年かダブっていたのでその先輩と年が変わらず、なれなれしい後輩だったような気がします。
会社に入りたてというのは、本当に右も左もわからない状態で、本当にいろいろなことをその先輩から教えてもらいました。
その先輩は、本当に面倒見がよく、わたしが何か質問すると、現物を見せて、必要があればそれがある場所まで連れて行って説明してくれたものでした。
なれなれしい後輩だったわたしは、「わからないことは聞こう」という気持はよかったものの、聞くことに慣れてしまって、自分で考える前に聞いてしまっていたのでした。
教えてもらっておいてこんなことを言うのもどうかと思いますが、今思うと、親切に教えてもらっていた結果、自分で考えなくなってしまっていたような気がします。
そのようなことが、現在の教育の現場にもあるのではないでしょうか。
お互いがサービスを競うことは、一般的には好ましいことですが、教育(学校の授業に限らず、クラブ活動や会社出の新人研修など)においては、過剰なサービスは、教わる側の自発性を摘んでしまうこともあるかもしれません。

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