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老眼
2007 / 09 / 30 ( Sun )
今年の春頃、眼鏡の度が合わなくなったような気がして、眼鏡屋さんに行きました。
一通り調べてもらって、近視が進んだようだとの見解で、近視を一段矯正するようなレンズに交換しました。
弟に話したら、それは老眼だろといわれて、えっと思いました。
その後、友達と話していたときにも、それは老眼の始まりだと言われ、愕然としました。
私は、0.1か0.2の近視なので、老眼になるのは、かなり先のことだと思っていたので、とても意外に感じました。
しかしその後、気が付いてみると、本などを話してみている自分に気付きました。
こうなってくると、認めざるを得ません。
そこで、気休めかもしれませんが、立体画像を見て目の周囲の筋肉をほぐすことで視力回復を図る本で、トレーニングをすることにしました。
元々、近視の矯正用に買った本でしたが、あまり続かず、放ってあったのを引っ張り出してきて、やってみることにしたのです。
成果の程はさて置き、気が付いたことを書きます。
それが、根拠のある話なのかどうかはわかりません。
そういう意味では、ああいう手の本自体の根拠についても、私は十分な知識がありませんので、効果の程も、わかりません。
詳しい説明は省きますが、その本には、近視の方は平行法で、老眼の方は交差法で見るようにと書いてあります。
かつては、私は平行法にトライしていた訳ですが、中々マスターできませんでしたが、交差法は、意外にもすぐにマスターできました。
ということは、近視は、もう20数年来のものですが、老眼は、まだ最近のことなので、遠くを見る筋肉の動きよりは、近くを見る筋肉の動きの方が、固まっていないということなのかと、思ったわけです。
少ししたら、その後の経過もお知らせしたいと思います。
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14:22:18 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
記憶に残るらくだ教材
2007 / 09 / 28 ( Fri )
ある方から、らくだをやった子どもたちは、どんな子に育つのですかと聞かれて、思ったことがあります。
らくだは、自分で決めたことをコツコツやることで、出来る実感、粘り強さ、集中力、壁を越える力、チャレンジ精神等が育ちます。
そこでは、指導者のアシストもありますが、出来たこと、出来なかったことが自分の取り組み方の結果として表れます。
だから、らくだをやった子たちは、大きくなって、らくだのことをあの時自分はやったよな、とかあまりやらなかったなとかいう形で記憶に残ります。
また、自分が躓いた時に、どこで躓いたかを判断し、そこに立ち戻れば必ず出来るようになることが分かっているはずです。
一方、教えて、褒めたり煽てたり叱ったりして子どもにやらせるようなスタイル(多くの学校、塾がそうだと思います)では、指導者が主役になるので、子どもたちは大人になって、あの時の先生はよかったとか悪かったとかいうことを主に思い出すでしょう。
問題が難しかったとか、友だちがどうだったとか、自分がどうだったということよりも、自分を取り巻く環境について多く記憶を残すことでしょうか。
だから、自分が躓いた時には、人のせいにしたり、誰かに教えてもらうことばかり考えて、人から言われたことを鵜呑みにするようになって、振り回されるようになってしまうことが心配されるのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
桑田真澄頑張れ
2007 / 09 / 27 ( Thu )
正直、あまりプロ野球に関心はないのですが、前パイレーツの桑田投手が、足の手術後、メジャー・リーグ復帰を目指すという記事を見て、応援したくなってしまいました。
私は、桑田選手が大学進学という煙幕を張ってジャイアンツと契約したこと、その後の副業で作った借金を読売が肩代わりした(?、噂)といったことなどで、あまりいい印象を持っていませんでした。
それが、桑田選手の全盛期としては珍しいウェート・トレーニングの導入、肘の怪我、手術、復活、古武術の習得などという彼の生き方であったり、やり方に好感を持つようになっていました。
桑田投手は、メジャー志向は元々強かったけれど、読売との関係(お金の問題?)から、意志を貫けないのだとか読んだりしていので、ジャイアンツで選手生命を終えるのかと思っていたところが、よもやのジャイアンツからの戦力外通告をされてしまします。
ところが桑田選手は、一転、メジャー挑戦を決めます。
しかし今度は、プレシーズン・ゲーム中の不運な審判との接触事故。足首の靭帯断裂。
リハビリを経て、メジャーに昇格した時は、感動しました。
当初は結果を残せていたようでしたが、夏場になって調子を崩し、またもや戦力外通告。
一方で、コーチへの誘いがあったということで、彼自身がメジャーで認められていたことが窺い知れて、大したものだと感心していました。
その後、ストレスから視力が低下していたという報道に接し、夏場の成績が振るわなかった理由が分かったような気がして、その視力の問題が解決すれば、現役を続けることは可能だったのだろうかと邪推したり、年齢的には限界だったのだろうかと思ってみたりしていました。
戦力外通告後、しばらくアメリカに留まってすることがあるという記事を読んで、それについては、私には個人的なことは何も分かりませんので「ふーん」ということだったのですが、実は、今年の春に怪我をした足首の手術を受けていたということでした。
「足に心配がない状態で、もう一度メジャーで投げてみたい」というのが、私が読んだ、彼のコメントでした。
視力の低下ばかりでなく、足首の状態も万全ではなかったのかと、彼の不運を残念に感じたりしました。
しかし、彼は、そういうことを全て受け入れて、足首の手術をするなど、現在出来ることをすべてやって、改めてメジャーへ挑戦するというのでした。
私も、レベルはぜんぜん違いますが、100キロハイクを自らの準備不足で、途中リタイアしてしまいましたが、挑戦というのは、いくつになっても、それなりにできるものだとわかりましたので、きちんと準備をして、また、チャレンジしたいと思っています。
そういう意味で、桑田選手にも、自分の納得がいくまで挑戦を続けてもらいたいと思いってます。
10:14:38 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
独り100キロハイク
2007 / 09 / 25 ( Tue )
少し間が空いてしまいました。
何日か空くと、逆に書くきっかけを失ってしまうものです。
ところで、22日に独り100キロハイクに挑戦してきました。
結果は、40キロ程でリタイアしてしまいました。
もちろん100キロという距離は、経験がありませんが、塾のポスティングで3時間くらいは歩いたりしていたので、自分のペースで歩けば何とかなるか位に考えていましたが、そうはいきませんでした。
足の付け根に痛みが出て、歩くスピードがかなり落ちていましたし、先に進むと、山の中でコンビにも中々ないような道に入っていくところで、途中でギブアップして進むことも戻ることも出来ないことになるのはまずいと思い、電車がある内にリタイアを決断しました。
その時点では、もう一度やるとももうやらないとも考えませんでした。
帰り道の駅の階段も、駅についてからアパートまでの道も休み休み歩くようで、やっとのことで帰り着き、そのままばたんと寝てしまいました。
翌日(というのは昨日のことですが)、夕方くらいまでは、体のあちこちが痛かったのですが、少し回復してきて、100キロハイクをやるに当たって参考にしていたHPを見ていたら、自分の準備不足や研究不足などに思い当たり、そうしてみると、痛かったのは関節であって、筋肉ではなかった、それがどうなのかはこれから調べてみたいと思いますが、もう一度トライしてみたい気持になってきました。
自分的には、気持は全然切れていなかったので、身体の問題をクリアできれば、と見通しが立ったような気がしています。
ただ、一人でやるという部分で、休憩場所や仮眠場所など、もう少し考えておいた方がよかったことも分かりました。
ということで、気持は密かに再チャレンジに向けて動き出しています。
09:24:37 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ヨーガと仏教徒とらくだ教材
2007 / 09 / 10 ( Mon )
今日、ラジオを聴いていて、もしかしたらと思ったので書いてみます。
毎度のことですが、元ネタがラジオ放送なので、聞き漏らし、聞き違いなどあるかもしれません。
追って、ラジオでコメントなさっていた方の著書で確認をしてみたいとは思っています。
ヨーガというのは、心と体を調和させることが目的とするもので、現在では手法がかなり洗練されてきていますが、本来的な目的からすると、何かの目標に向かって努力する、もちろん成就すれば達成感を得られますし、仮にうまく行かなくてもその自分が努力した過程に満足感を得られたりする、そういうこともヨーガに含まれるのだそうです。
そして、今言ったような達成感だったり、満足感というのは、小さな悟りと言っていいのだそうです。
私たちのような俗人は、そういう達成感や満足感というのが一時的なもので持続できませんが、そういう感覚というのは、また感じてみたいと思うような感覚です。
そして、また何かにチャレンジする動機になっていくのです。
そうしてみると、らくだ教材で学習している子どもたちは、毎日小さな悟りを体験していることになります。その小さな悟りを積み重ねていくので、らくだで学習する子どもたちが、育っていくのだなと妙に納得してしまったのでした。
12:43:02 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
学校の授業を大切に
2007 / 09 / 09 ( Sun )
私なども、子どもの頃、とても優等生とは言えませんでしたので、当時の反省を交えてですが、やはり学校の授業は大切にするべきだと思います。
多分現実は、多くの子どもたちが、あまり授業に集中せずに、それでいて、中高校生の場合は定期試験や受験対策であたふたしたり、塾へ通ったり、ということになっているのではないでしょうか。
日本の学校の先生は、雑用が多くてかなりいそがしくされていらっしゃるようですが、生徒たちに如何にいい授業をするか真面目に勉強されていると思いますし、ましてや生徒の質問を無視する先生はいないはずです。
学校の先生をとことん活用するべきだと思います。
それから、小学校の高学年くらいになってくると、いい意味で、別のことを同時に処理する能力がついてくると思います。
だから、その頃くらいから、チャイムが鳴ってから先生が教室に来るまでの間に、その日の授業範囲をざっと予習、授業をきちんと聞いて、授業の終わりの頃になったら、その日の授業内容を先生の話を聞きながら復習。
これだけで、授業の理解度はかなり違うと思います。
これは、毎日家庭学習で予習・復習が出来る生徒を対象にしていませんので、そういう意味では、ある程度アバウトに考えて、それでも、この方法で授業の何分の一かが記憶に残っていれば、定期試験の勉強も残っている記憶の隙間を埋めていくような考え方になるので、試験前になっていざ勉強をしようとしたら、途方にくれるというようなことはなくなると思います。
学生時代は、勉強もそうですが、学校行事、クラブ活動、友人関係と子どもの成長にとって、大切にしたいことが沢山あります。
時間を有効に使って、学生生活を楽しんでもらいたいと思います。
10:00:45 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
日記を書こう
2007 / 09 / 07 ( Fri )
国語の勉強法について、提案です。
国語という科目の柱が、自分の意見を表現する力、他人の意見を理解する力だとした場合、それらの力をつける方法には、次の方法が考えられると思います。
自分の考えを表現するほうについては、ありきたりかもしれませんが、日記を書くことをお勧めします。
書くことに慣れていない内は、一言でいいと思います。
その一言も、一単語なのか、一文節なのか、ワンセンテンスなのか、とか言うことはあまり気にせず、自分が言いたいことを表すのに必要な単位でいいと思います。
少し慣れてきたら、それを文章にしていったらいいと思います。
誰かに話すつもりで、書くようにします。
他者を想定すれば、始めの頃自分だけが分かればいいと思って書くこととの違いが何となく感じられるようになるのではないでしょうか。
一言で表すとこうなる、という内容をどんな時に、どんなことがあって、どこで、などの内容を補足するように書いていけばいいでしょう。
本当は、それを読んでくれて、何かコメントしてくれる人がいればもっといいのでしょうが、何にしろ、まずは始めることが大事です。
といって、このブログは、小学生や中学生のお子さんを持つ親御さんの読者が多いと想定すると、読んでくれて、コメントをしてくれる人は、お父さん、お母さんということになりますね。
お子さんたちも、始めは恥ずかしがったりするでしょうから、やはりまずは書くことをお子さんに提案してみるということになるのでしょう。
他人の意見を理解する力については、以前にもご紹介したかもしれませんが、明治大学の齋藤孝教授の考案された「三色ボールペン読書法」をお勧めしておきます。
10:25:08 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「挑戦的」継続
2007 / 09 / 05 ( Wed )
昨日、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組を見ました。
私の母の実家が、職人の家で、従兄は家業こそ継ぎませんでしたが、やはり職人をやっていて、私もいくらか職人気質みたいなものを持っているような気がしています。
それはさて置き、今回取り上げられていたのは、靴職人、山口千尋氏でした。
番組の中で、「継続こそ才能」というキーワードが出てきましたが、私が、今の仕事の中で伝えたいことのひとつが継続することの大事さです。
続けるということは、中々出来ることではありません。
しかし、毎日積み重ねたものというのは、必ずそれだけの成果を生むものだと思います。
私なども、今でこそ、昨年に比べて一回りくらい身体が小さくなってしまいましたが、それでも普通の体型よりは大き目なのは、小さい頃から、種目は変わりましたが、ずっとスポーツをやってきたから、社会人になったからもトレーニングを続けてきたからだと思っています。
そして、続けていると、いろいろな問題が出てきます。
私事で言えば、始めは家での腕立て伏せなどのトレーニングから始まり、区の体育館でのウェートトレーニングに発展し、お金と時間があった時期には、民間のジムにも通いました。中々時間が取れない今は、区のプールに通っている、という具合です。
トレーニング方法も、スロートレーニングという理論を取り入れたり工夫をしました。
今書いたことは、問題ばかりではありませんが、要するに、続けていると色々なアイディアが浮かんだり、状況に応じた対応を考えたり、やっていることは同じだけれども内容はどんどん変化していったりします。
だから、継続するということは、実は同じことを繰り返すことではなくて、その中に色々な変化を含んでいるのだと思います。
そういうことを、山口氏は「挑戦的継続」と表現されているのだと思います。
皆さんも、何か継続できるようなことを始めてみませんか。
10:33:32 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
水泳2
2007 / 09 / 03 ( Mon )
その後、少しずつ泳ぐことにも慣れてきて、相変わらず休み休みではありますが、プールへ行けば500メートル泳いで帰ってくる程度にはなってきました。
最初はクロールで100メートル、平泳ぎで100メートル、と交互に泳いでトータル500メートルです。
しかし、最後の100メートルは疲れが出てきて、結構苦しいと感じていました。
私は、クロールはの時、右からしか息継ぎが出来ません。
それで、水泳では本当はどう表現するのかわかりませんが、2回に1回の息継ぎでした。
しかし、これでは、先に述べたように疲れてくると、かなり苦しくなってきます。
そこで、毎回息継ぎをしてみました。かなり楽でした。
ところが、毎回右で息継ぎをするので、泳ぎのバランスが悪いような気がします。
本当は、左でも息継ぎが出来るようになって、1回半で右、左と交互に息継ぎができるようになるといいなと思います。
また、バタ足も、多分今は6ビートくらいだと思いますが、省エネのため、2ビートがマスターできるといいなと思っています。
この辺が、当面の課題です。
また、平泳ぎについても、これまでずっと、2ストロークで息継ぎをしていたのですが、やはり1ストロークで息継ぎをした方が楽だねと弟に話をしていたら、「今時、2ストロークで息継ぎをする人なんかいないよ」と言われ、目からうろこでした。
「なあんだ、無理して泳ぐことはないのね」という感じで、次回からは、そんなことに気をつけて泳ぎに行って来ようと思っています。
10:35:04 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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