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写真
2007 / 11 / 30 ( Fri )
今回は、ネタが思い浮かばないので、つまらない話でお茶を濁させていただきます。
私は、写真に興味があり、たまに撮りに行きます。
フィルムの一眼レフを使っています。
それをスキャナーでスキャンして、パソコンで管理しています。
そこで今回、書こうと思っている問題です。
最近、スキャンした画像の左上の方に髪の毛のようものが写り込んでいます。
そのごみが、レンズについたものか、シャッターにくっついてしまっているものなのか、スキャナーの中に入り込んでしまっているものなのか、不明です。
レンズを換えて撮ったものでも写っているので、レンズの問題ではなさそうです。
スキャンすることを前提としていますので、お店でプリントをしてもらっていないので、お店でプリントをしてもらうと、問題がスキャンの前にあるのか、後ろにあるものかがわかるかもしれません。
なんて、このブログを書きながら、頭が整理できてきてしまいました。
何か、困ったことなどがあった時、誰かに話すと気持ちが落ち着いたり、考えがまとまったりということがあるものですが、こうやって書くことでも、そういう効果があるようですね。
ということを今回のまとめとさせていただきたいと思います。
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独り100キロハイク再挑戦(2)
2007 / 11 / 27 ( Tue )
私は、子どもの頃、母から「あれしなさい」「これしなさい」と言われ続けていました。
それは、私が自分では何もしない子どもだったからですが、母にとっては、年をとってからの子どもだったので、可愛くて、手を出さずにいられなかったのもあったようです。
小学生の時は、私が忘れ物をすると、母が学校まで届けてくれたと言います。
担任の先生は、「本人のためにならないので、届けるのはやめてくれ」をおっしゃっていらしたようですが、母は、せっせと届けていたようです。
そんな訳でかどうか、私は、甘えて育ったような気がします。
自分が困ると誰かが助けてくれると、他人を当てにして生きてきました。
私は、ずっとチームスポーツをしてきましたが、別に練習をサボるわけではないし、真面目に練習はするものの、自分の役割をきちんと果たしたかといわれると、チームメートに頼ってプレーをしていた面が多分にあったと思います。
大人になってそういうことを自覚するようになりましたが、中々殻を破れないでいます。
私が、独り100キロハイクをやろうと思ったのは、そんな自分の殻を破れないかと思ったというのが主な理由です。
で、100キロを歩きとおしてみて、何か変化があったのか。
今の時点では、変化があったような無いような、はっきりしたことは言えませんが、一応やり遂げた実感はあるので、自分のどこかに変化の兆しはあるのではないかと期待しています。
一方で、できてしまうと、もう少し負荷のかかることをしなければいけないのではないかという強迫観念も無いではありません。
そういうところが私の悪いところで、今回は今回で、自分をとりあえずほめてあげてもいいのかもしれません。
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独り100キロハイク完歩
2007 / 11 / 26 ( Mon )
11月24日、25日に、独り100キロハイクに再チャレンジをしてきました。
今回は、見事(?)完歩しました。
そう言われてみれば、と気付かれた方がいらっしゃるかもわかりませんが、最近始めたジョギング、ストレッチというのは、100キロハイクのための準備だったのです。
もちろん、運動不足の解消という目的もありましたが、このためでもあったのです。
準備の甲斐あり、始めの40キロまではスイスイで、前回に比べて約2時間の短縮でした。
しかし、日が落ちて気温が下がってくると、やはり足の付け根、ひざに痛みが出てきました。
持って行ったハーフコートを着て、せめて足の付け根辺りをカバーし、ひざもサポーター(少し保温効果がありそうなやつ)をして、歩き続けました。
50キロを過ぎた辺りで、ファミレスを見つけ、1時間ほど休憩をとりました。
この休憩で、体を温めたのがよかったと思います。
この後は、コンビニをうまく利用し、暖をとったり、暖かいものを口にしたりしながら、歩き続けました。
そんなこんなで何とか歩きましたが、残り20キロという辺りまで来たときには、足の痛みがかなりひどくなっていて、リタイアしたくなった時もありました。
しかし、さすがにここまで来ると、せっかくここまで来て、という気持が少し勝り、何とか完歩したのでした。
11:41:26 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
小学校の先生からの言葉
2007 / 11 / 24 ( Sat )
小学校3年から6年まで担任をしてくれた先生が、卒業の時に、クラス全員に色紙を書いてくださいました。
当時習っていたようで、墨でひょうたんとこまの絵と、生徒一人一人に言葉を送ってくださいました。
いつも胸に抱いていたというほどではないのですが、たまに思い出すことがあります。
私は、少し(かなり)生意気と言うか、先を見越したような言動がよくあり、「やったって結果はわかっているよ」というように、やる前から文句ばかり言う子どもでした。
なので、先生は、(文言は、正確には憶えていませんが)「とにかくやってから、そのことの評価をしてもいいのではないか」というようなことを書いてくださったのでした。
私は、確かにそのとおりだな、と思ったのを記憶しています。
それで、何事にも果敢にチャレンジ、ということになった訳ではなく、その後も「ああだ」「こうだ」と文句を言っていた部分もありますが、先生に色紙に書いてもらった言葉が、歯止めになっていたところは、間違いなくあったと思います。
ここしばらく、すっかり忘れていたのですが、ふと思い出したので書いてみました。
しかし、先生の言葉としては、忘れかけていたことですが、らくだでは、「できないことはラッキー」という言葉あり、この言葉が、私にとっては先生の言葉の代わりに私の歯止めになっていたのでした。
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インタビュー・ゲーム
2007 / 11 / 23 ( Fri )
私の古い友人で、うつをもっている友だちがいます。
その友人に、一時期わたしは仕事を手伝ってもらっていたことがあり、その時期にうつ状態になったことがあって、故河合隼雄氏の著作など随分読みました。
本格的に学べば難しい問題が沢山あるのでしょうが、カウンセリング(特に来談者中心療法)では、カウンセラーは、クライエントを無条件に受容し、尊重することによってクライエントが自分自身を受容し、尊重することを促す、ということになっています。
つまり、クライアントは自分に起こっている問題についてとことん話す中で、自分で問題を解決していく、カウンセラーは、そのクライアントが変わっていく過程に寄り添って話を聞く、ということです。
私は当時、仕事でも行き詰まりを感じていましたので、この、相手の話を聞くという態度が、相手に自分の意志を伝えるためにも重要なことなのだと感じて、人の話を聞く「技術」は私のその後の生き方の指針になりました。
そこで、タイトルの「インタビュー・ゲーム」の話です。
これを考案したのは、「らくだメソッド」を開発した平井雷太氏ですが、私はこの「インタビュー・ゲーム」の中で相手の話に寄り添って聞くという態度が、私が学んだカウンセリングの手法に似た部分があることで、私にとってはすぐに身近なものとして感じられるようになりました。
3ヶ月前から、公開講座を始めましたが、これからも「インタビュー・ゲーム」を中心に開催していきたいと思っておりますので、是非、お気軽にご参加いただければと思います。
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私の子どもの頃
2007 / 11 / 22 ( Thu )
私は、子どもの頃、朝の起床から夜の就寝まで、母から「あれしなさい」「これしなさい」と言われ続けて育ちました。
しかし、私は、少しも母の言うことを聞かない子どもでした。
逆に言えば、言うことを聞かないから「~しなさい」と言われ続けたとも言えるかもしれません。
そんなことで、気が向かないことには中々手がつかないということで、学校で出る課題などは、あまりやらない子どもでした。
それでも、クラブ活動は一生懸命やりましたし、好きなプラモデル作りには集中力を発揮しました。
そういう私が大人になって思ったことは、子どもは自分でやろうと思わなければ、親がいくら押し付けてもやらないものだということでした。
自分を基準にしていいものかわかりませんが、でも、私はそう思ったのです。
そして、気が向かないことでもやらなければならないことは、気分に左右されず、自分の中で何とか折り合いをつけてやるという訓練が、大人になるために必要なことだと思いました。
そういう問題意識があったから、「押し付けない」「命令しない」「強制しない」で子どものやる気を引き出す「らくだ」に関心が向いたのだと思います。
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昨日
2007 / 11 / 19 ( Mon )
前の仕事をしているときの仲間の、結婚パーティーがあり、お誘いいただいたので、行って来ました。
とても和やかで素晴らしい会でした。
私は、昨年塾を始めることになり、皆さんとは1年以上も会っていなかったので、お誘いいただいたことも意外であり、もちろんとても嬉しかったのですが、実際に再会してみると、皆さんが、以前に交流があった時と同じように接してくださったので、感激しました。
よく、去るもの日々に疎しとかいいますから、まだ1年少しとは言いながら、そういうとても人のつながりを大事にする人たちと知り合いであることに、感謝するとともに、自分も人とのつながりは大事にしなければいけないと改めて思ったのでした。
これまで私は、どちらかと言えば、過去を切り捨てて生きてきたようなところがありました。
それは、自分を受け入れられない私の問題もあったわけですが、そういったことを少しずつ克服する中で、人を思いやる心も回復してきたのだと思います。
とにかく、昨日は、いい1日でした。
12:10:46 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
最近、涙もろい私
2007 / 11 / 13 ( Tue )
私は、何かに打ち込んでいる人、一生懸命になっている人が好きです。
そして応援したくなります。
私がスポーツが好きなのは、そういう姿を端的に見ることができるからかもしれません。
そこで今は何かと言いますと、バレーボール女子ワールドカップです。
彼女らが勝って泣き、負けて泣きしているのを見ていると、私の涙腺も緩んできます。
フジテレビの某アナウンサーのようですが。
そればかりではありません。
練習風景が写ると、今度は、選手を追い込む監督も辛いのだろうなと思ったりすると、監督の姿に涙します。
でも、そんな涙は言ってみればいい涙です。
片や、関東学院大学のラグビー部の大麻事件。
こちらは、大学側は、事件を起こした選手とその他の選手は関係ないということで、対外試合の辞退はしない方向だと発表しました。
しかし、協会側からの意向もあったのでしょうか、やはり対外試合は辞退することになりました。
ことの是非については、沢山の人が論じていらっしゃると思いますし、私の手には余りますので、その件に関しては置いておいて、今年が最後になる4年生の無念を思うと、また涙が出てしまいます。
もちろん当事者の学生もそうですが、4年生も、確かに学生生活は最後になりますが、人生はまだまだ長いので、今回のことから多くのことを学んで、これからの人生に生かしてもらいたいと思います。
そんなことを考えても、また涙が出てきます。
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後悔
2007 / 11 / 12 ( Mon )
人は、過去に後悔することがいくつかあるものと思います。
私もいくつかありますが、その中のひとつについて書きたいと思います。
私は、中学生の頃からアメフトを好きになり、高校では自分でアメフト部を作り、プレーしていました。
中学の時は、身の程も知らず、アメリカの大学でアメフトをやりたいという夢を見ていたこともありました。
その夢は、すぐに現実を知って、というか人並みに日本の大学への進学に落ち着いてしまいましたが。
一方で、浪人時代に、秋だったと思いますが、模擬試験の帰り、同じく浪人をしていた友達と、どういう経緯だったかは忘れたのですが、東京六大学野球を見に行ったときのこと。
試合は、明治大学と法政大学の対戦でした。
初めて大学野球の雰囲気を味わったのですが、私は、両校の応援団をとても格好良く感じ、憧れを持ちました。
それで、大学に入ったら、アメフトをやるか、応援部に入りたいと思ったのでした。
春になり、大学に入学し、入学式の日に、アメフト部の部室に行き、一応説明を聞きました。
しかし、結局入部はしませんでした。
私は、中学3年の時に父を亡くし、身体の弱い母が、どうにかやりくりし、私たち兄弟を育ててくれたこと、私立大学の入学金を工面してくれたことを思うと、これ以上の脛齧りはできないと思ったのでした。
その後、私は、3年になる春に同好会に入り、アメフトをやることになります。
それで、一応、自分の入りたい大学に入り、アメフトもやったというところで、自分を納得させて生きてきました。
だけど、最近、やはり思うことは、あの時、挑戦すればよかった、という後悔の気持です。
応援部についても、アメフト部を諦めたのと同様、ある程度アルバイトにウェイトをおきながらの学生生活を送りつつ、体育会のクラブに所属することに無理を感じて、断念したのでした。
その後も、考えてみると、他人の目からは無鉄砲に思われるようなことでも、自分の中では、できるという確信のあることの方向を選んで生きてきたような気がします。
もちろん、うまくいったこともうまくいかなかったこともありましたが。
あの時、ああしておけば良かったと思うようなことは、できるだけ少なくしたいと、自分についても思うとともに、塾の生徒にもそういうことを伝えていきたいと思っています。
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規則正しい生活(2)
2007 / 11 / 09 ( Fri )
ダラダラした生活を改善しようと思い、規則正しい生活をすることにしたことは、以前に書きました。
繰り返しになりますが、朝、起きる時間を決めました。
これは、効果があったと思います。
やはり、起きる時間を決めると、当然寝る時間もコントロールする必要が出てきます。
そうすると、自分がやりたい(と言っても大したことはないのですが)事も選択する必要が出てきますし、翌朝にすることも考えたりします。
私の場合、ともすると、物事を先延ばしにしてしまう傾向がありますが、やるべきことを考える余裕があるので、自分的には、仕事もぼちぼちですが、できるようになりなした。
ジョギングも、やれるようになりなした。
ある程度先のことも見通してスケジュールを立てられるようになったり、必ずしも早起きとは思いませんが、三文ならぬ二文くらいの得はしているような気がします。
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薄着
2007 / 11 / 08 ( Thu )
私は、薄着です。
着るものを持っていないという事もありますが、いまだに半袖のものを着ることが多いです。
さすがに外に出る時には、上着を羽織りますが。
現代は、暖房も発達していますし、建物の密閉度も高いので、屋内では半袖でいいくらいだと思っています。
また、外出する場合でも、交通量調査のように一ヶ所に留まって余り動きのない仕事をするのであれば別ですが、大抵の場合は駅まで歩く、駅に着けば電車に乗るということであれば、歩いているうちに体が温まる、電車に乗れば暖房が入っているということで、私にとっては厚着の必要がないのです。
仕事の往復は自転車ですが、これも自転車で走っていると、目的地に着けばうっすら汗をかいているくらいなのですから。
以前に大学の先輩に、「周りにいる人間が寒く感じるので、中は薄着でいいので上着を着ろ」と言われたこともあったので、それはそうかと思っていはいますが。
そのような私にしてみると、皆さんは厚着ですね。
やはり、少し前のことですが、今は別れてしまったかみさんですが、コートを着て外出しようとしているのを捕まえて「アラスカかどこかへ行くの」とか言っておちょくったりしたものです。
私の場合、みすぼらしく見られてしまうくらいの薄着なので、ある程度見た目の印象なんかを考えると、それなりに着るものは着るべきなのでしょうけれど。
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プラモデル
2007 / 11 / 06 ( Tue )
前回、ラジコン・ボートのことを書いたのですが、今回は、プラモデルについて書いてみたいと思います。
以前にも書いているように、私は、子どもの頃、プラモデルを相当に作りました。
もちろん、色を塗ったり、軍艦を作ったときには、ランナーを火であぶって伸ばしてアンテナ線を張ったり、ランナーを伸ばしたもので手すりを作ったこともありました。
ある時、父が誰かと、「プラモデルを作るということは、キットができているものを作るだけなので創造性を育てない」と話しているのを聞いて、そのことが大人になっても心の奥の方に引っかかっていました。
確かに私は、キットをそのまま作るのがいいと思い込んでいて、改造もあまりしませんでしたので、そのことも心に引っかかった原因のひとつだったかもしれません。
しかし考えてみると、そのまま作るということにしても、どこまでやるかというのは作る人の考え方が実は現れるのだなと思うようになりました。
バリ(部品についている余計なプラスチックのかけら)をどこまで取るか、着色も、どうしてもはみ出てしまう部分がありますので、それをどの程度まで修正するのか、など実は工夫の余地というか作り手の個性が現れる部分は沢山あるのだな、と考えるようになりました、というか本来そういうものなのです。
確かに、マッチ棒を削って、それを組み上げて建物を作ってしまうような人もいらっしゃいますが、そういうことばかりに創造性があるとばかりは言えないのだと思うようになったのです。
そう考えると、プラモデルを作るのが一層楽しいものに思えてくるのです。
昨年、第二次世界大戦当時のドイツ戦車とトレーラーとトラックを作りましたが、子どもの頃はあまり使わなかったスプレーを使ったのが、とても新鮮でした。
今は亡き父の呪縛から解けて、プラモデル作りも今後も趣味として末永く付き合っていこうと思います。
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ラジコン・ボート
2007 / 11 / 05 ( Mon )
私は、家の近くの池のある公園の周りをジョギングしています。
公園には、私のようにジョギングをしている人、散歩をしている人、平日だと保育園の子どもたち、釣りをしている人、バード・ウォッチングだか植物を散策しているグループなど、沢山の人たちがいます。
その中に、休みの日には、ラジコン・ボートを浮かべている人たちがいます。
私は子どもの頃、プラモデルを散々作りました。
私が作ったのは、主にディスプレー用の、動かないモデルが多かったのですが、ラジコンのボートに憧れた時期もあったものの、子どもの小遣いでは手が出ない金額だった記憶があります。
今では、プラモデル自体の価格は当時と比べるとかなり上がった印象がありますが、ラジコン・キットは、却って入手しやすくなっている印象です。
昨日は、戦艦大和が池の上を走っていました。
私も、戦艦大和は、何隻も作った記憶がありますので、懐かしく、また自分も作りたい気持がしてきました。
すぐに、という訳にはいきませんが、いつか、自分のラジコン・ボートを池に浮かべる日を楽しみにしたいと思います。
その前に、ディスプレー専用のプラモデルを何か、作りたい気もしています。
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ブログを更新できる時とできない時
2007 / 11 / 01 ( Thu )
ブログを更新できる時とできない時とでは、何が違うのかと考えてみました。
そして気づいたことは、何か強い刺激を受けた後は、書けない傾向があるということでした。
刺激があった方が書けそうな気がしますが、そういう時はテーマは浮かんでも筆はすすみません。
強い刺激を受けると、それを自分の中で消化するのに時間が掛かります。
すると、その間はそれを消化するのに頭が働いているので、その他に頭が働かなくなってしまうような感じがします。
そういう時は、何か生まれてきそうなのに中々生まれてこないという感じで、とてももどかしいのですが、くっきりした形にならず、キーボードを打つ手が止まってしまいます。
そして、ある程度消化されて自分の中で落ち着いてくると、ポロポロポロと何個かの文章がこぼれ落ちてきます。
そういう時は、何を見ても(と言うと大袈裟ですが)書けそうな気がするものですが、そうこうしている内にまた、刺激を受けて書けない時期がやってくるということを繰り返しているようです。
そのサイクルは、まったくもって不規則で予測することができません。
ただ、刺激自体はいつも受けている訳なのですが、その強さによるところはありそうです。
以上、更新できない時の言い訳でした。
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