スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
今年を振り返る
2007 / 12 / 31 ( Mon )
早いもので、もう大晦日です。
一年を締めくくるといっては大袈裟ですが、今年を振り返って、一番印象に残った出来事を書いてみたいと思います。
今年、私にとって一番大きな思い出となるのは、やはり独り100キロハイクになると思います。
100キロを歩き切ったというのは、私的には、これからの自信になると思います。
それは、ひとつにはやりきったということ。その中には、何度か書いていますが、100里の道も1歩からのごとく、1歩1歩の積み重ねということを強く心の中に刻めたということだと思います。
思い出すと(まだ1ヶ月少し前のこととは思えないくらい昔のことのように思い出されるのですが)、丸1昼夜歩いて85キロくらいを歩いていて、街道に設置してある案内標識に、「早稲田(をゴール地点にしていました。)まで15キロ」とかいう案内を見た時に、「ああ、80数キロ歩いたのか」といううれしい気持ちと、「1時間に3キロ(疲れてペースが落ちてきているので)歩くとすると、まだ5時間も歩くのか」というがっかりする気持が交錯しました。
その頃には、かなり股関節やひざに痛みが出ていましたし、「ここまで来たのだから(それなりによくやったのだし)もうやめてしまおうか」という思いも少し頭をよぎりましたが、「ここまで来たのだからこそ、最後まで歩こう」と思い直し、1歩1歩を積み重ねたのでした。
その時のことを思うと、少しくらいのことは辛抱(以前の私に比べれば)ができるようになったと思います。
また、9月に1度挑戦して、途中リタイアしたという経験は、準備の大切さをやはり心に刻めました。
出来ることをやっているうちは、準備など要らないわけですが、自分にとって未知の分野に挑戦する時は、それなりの準備が必要であることがわかりました。
9月にリタイアして、10月になってから再挑戦を決め、約1ヶ月、十分ではなかったかもしれませんが、できる範囲でジョギング、ストレッチと準備をしたのは、実際に歩いてみた時に、とても大きな自信になりました。
その後、まだ1ヶ月と少ししか経っていませんが、それ以前の、「まあ何とかなるだろう」的なものの考え方から、少しではありますが、思考を先におくことが出来るようになった気がします。
「何かをするためには、その何日前にこれこれをしておかなければいけない」ということを意識するようになったと思います。
昔から「気がつかない」鈍い人間なので、まだまだ十分とはいえませんが、少なくとも段取りということを考えるようになったのは、よかったと思います。
そんなことを踏まえて、来年も頑張っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
スポンサーサイト
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
(兄弟)喧嘩の効用
2007 / 12 / 27 ( Thu )
前回の『風邪の効用』をテーマにしようと思い、構想を練っているときに、ふと思いついたのが今回のテーマでした。
普通は、家の中で兄弟喧嘩が起これば、止めますよね。
でも、喧嘩にも効用はあると思うのです。
「雨降って地固まる」ということもありますから。
実際、家の中で兄弟喧嘩が始まって、どちらかの泣き声なんかが聞こえてくると、こちらの方ががいらいらしてきて、ついつい怒鳴ってしまうというのも気持はわかりすぎるほどわかります。
しかし、兄弟喧嘩も大人になればいい思い出になることだと思いますし、自他の分化への第一歩になっていくのではないでしょうか。
喧嘩になるにはそれなりの理由があるはずです。
だから、大きな怪我をしないような配慮は必要だと思いますが、喧嘩はさせておいた方がいいのではないでしょうか。
怪我への配慮と同時に、うまく間に入って、双方が喧嘩にならないようにするにはどうするかを気付かせるように、とりなすこともできればいいと思います。
兄弟間に関わらず、夫婦の間でも喧嘩をどんどんして、喧嘩を通して相手を理解したり、それをきっかけにお互いが自分のいけない点に気づいたり、向上を図れるのであれば、当たらず触らずの関係を続けて、不信感を募らせていくより、いいのではないかと思います。
バッと喧嘩をして、さっと水に流す、これが「喧嘩の効用」だと思います。
09:54:57 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
風邪の効用
2007 / 12 / 25 ( Tue )
『風邪の効用』というのは、昭和の始め頃の整体の大家、野口晴哉氏の著書名です。
ごく大雑把にまとめますと、風邪という病気は台風のようなもので、体の中で暴れまわるが、治ったときには「台風一過」よろしく、体内をきれいにしてくれる効用があるというものです。
そもそも風邪というのは、ウィルスが原因で起こる様々な症状の総称ということで、風邪という病気があるわけではないようです。
だから、風邪の薬というのは、それらの症状を軽減させるもので、いわゆる風邪そのものを治すものではないということになります。
ウィルスによるものであるということは、体内に抗体ができて治るものなので、放っておけば治るということなのですね。
そこで「風邪の効用」ということで言うと、周囲の人への迷惑ということを除けば、いっそのこと薬を飲まず、症状を出し切ってしまった方がいいということが言えるのではないかと思うのです。
なまじ症状を薬で抑えてしまうので、治ったのか治っていないのかわからずにズルズル薬を飲んでしまう、スキッと治った気にならないのではないかという気がしてきます。
「熱はそれ程上がっていないのだけれど、節々が痛い」と言いながら仕事をしている人を見ていたりすると、薬で抑えずに一度熱を上げてしまったほうが早く治るのでは、と思ってしまいます。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
言わないとできない?
2007 / 12 / 24 ( Mon )
先日書いた、私がよく見るドラマのビデオですが、気になる会話が出てきます。
それは、主人公のOLのUが同期で同僚OLのMと居酒屋で食事をしているときの会話です。
Mは、几帳面な性格で、きつい印象のあるキャラクターで、アシスタントをしている営業の男性のミスをビシビシ指摘するような役回りです。
そのMが、少し頼りない営業マンKに自分が厳しく接してしまうことについて、「わたしだって、きつくはしたくない。でも、できないから言っているんだ」というような科白が出てきます。
このブログをお読みになってくださっている、子育てに毎日を忙しい思いをされていらっしゃる方々は、「同じようなことをわたしも言っているな」なんて思われませんか?
私がこの会話が気になったのは、私自身が子どもの頃、母から「ああしなさい」「こうしなさい」と言われ続けて、まったく言うとおりにはならなかったという経験があるからです。
また、こんなことがありました。
電車に乗っていたら―その電車はかなり空いていました―、3歳か4歳くらいの男の子と、お母さんが乗っていらして、お母さんはとてもやさしいい印象の方で、男の子と話をしていました。
私が、微笑ましい気持で本に目を落としていると、「バカたれ」というヒステリックな女性の声が耳に入ってきました。
「えっ」と私は思ったのですが、話しの内容がよくわかっている訳でもなかったので、最初の印象がよかったため、それ程気にせずにいたのです。
しかし、やさしいトーンの声とヒステリックな声が交互に聞こえてくることに気がついてから、少し気になってきました。
そうしている内に、その親子の降りる駅に近づいてきたようでした。
その時の男の子は、靴を脱いで、座席に寝転がっていました。
お母さんは、「もう降りるのだから、早く靴を履きなさい」と叫び、電車が駅に着くと、男の子を脇に抱え、靴をもう一方の手に持って下車していきました。
「早く靴を履きなさい」と言いながら、男の子が行動を起こす前に抱えあげてしまったという感じでした。
一方で、男の子の方も、普段から言われ慣れているのか、お母さんに何か言われても動じる様子はありませんでした。
その辺りで、私のそのお母さんに対する印象は、すっかり変わっていました。
その一連の流れについては、記憶が薄れつつあるということもあって、十分には伝えられないこと、あのくらいの子どもが、スムーズに靴を履けるものかということもあるのですが、私の変わってしまった印象からすると、多分、些細なことでガミガミ言うけれど、結局はお母さんがやってあげてしまうようなことなんだろうなと、私の中で落ち着いてしまいました。
そのことが事実かどうかを知るすべも無いわけですが、事実関係とは別として、「言わないとできない」ということで、言い続けてもできなければ、アプローチを変えてみることも大事なのではないかとは思います。
言い過ぎて、子どもの自立を奪ってしまうこともあるということも、心の隅にあってもいいと思います。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
準備
2007 / 12 / 21 ( Fri )
『些細なこと』のところで、少し消化不良だったので、補足します。
私の場合、忘れ物が多いので、荷物をひとつにしようとします。
ふたつ持って出かけると、ひとつを置き忘れてしまったりすることがあるからです。
そして、こういう時にもああいう時にも対応できるようにと考えますので、中身が増えます。
中身が増えても入れ物はひとつなので、バッグがすぐに一杯になります。
たまに整理しますが、それでも知らぬ間にバッグがパンパンになっているのです。
そこで、最近考えたのは、月並みですが、翌日のスケジュールを前の日に確認することで、持ち物を揃えておくということです。
こんなことは、当たり前のことなのですけどね。
しかし、以前に書いたことがあったと思いますが、私は、母に過保護に育てられましたので、人に依存してしまうところがあって、誰かがやってくれる、また、できなくても何とかなるだろうと甘えた考えを持って育ってしまいました。
また、「できないことへの恐怖」は、逆に、できなくても仕方がない状況を自ら作り出してしまう悪循環の中で生きてきました。
つまり、翌日早く起きなければならない日に限って夜更かしをしてしまったり、事前に準備が必要なのに、「全ての状況を想定することはできないのだから、その場で対処できなければダメなのだ』とかうそぶいて、準備そのものを放棄してしまったりするのです。
それは、今考えてみれば「準備して失敗したくない」「何を準備していいか分からない」という状況から逃げていたということです。
本当に、こんなことで、よくこれまで生きてこられたものだと思いますが、今は、ひとりで仕事をしていますので、誰かのせいにできませんし、自分について考える機会が多いので、そういうことを考えるようになったのかもしれません。
そんなことで、最近では、少し先のことを見通しつつ、翌日のスケジュールを前の日に見直すことで、やるべきことの漏れを少なくしようと思っているのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
忘れない味
2007 / 12 / 19 ( Wed )
昨日、テレビ番組をパソコンをいじりながら何気なく、見るとも無く見ていたら、その番組で紹介されていた、視聴者の思い出の肉屋のコロッケの話をていました。
確かに、誰にも、忘れられない味があるのだと思いました。
その時、自分にとって忘れられない味ってなんだろうと思ったのでした。
そして、思い当たったのが、私の本当に古くからの友人が、それこそ学生時代に遊びに来ていた時に、私の母が出してくれたごった煮の鍋だなと思ったのでした。
その中には、豚肉、鶏肉、それに牛肉まで、野菜の他には、餃子まで水餃子の方に入っていて、ポン酢でたべる鍋物でした。
私たちも若かったので、本当によく食べ、よく飲んだものでした。
私の味と言えば、この鍋ともうひとつ、野菜スープと言えると思います。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
些細なことですが
2007 / 12 / 18 ( Tue )
皆さんも良くあることだと思いますが、例えば、リップ・クリームなど、よく使うけれど忘れやすいものを何個か持っていて、スーツやバッグなどに1個ずつ持っていたりしませんか。
私も忘れ物が多いので、そういうことをしてきましたが、最近、それをやめてみようと思っています。
私などは、そういうことをしても肝心の物を忘れたりするので、忘れ物を減らすには、そうやって忘れ物をしない仕組みにするより、忘れ物をしながら、注意力を養う方かいいのではないかと思ったのです。
そうすると、持ち物を揃えるのは、当日より前日の方がいいことがよくあります。
当日だと、どうしてもバタバタして、点検をせずに出かけてしまったりするからです。
前日だと、余裕があるのでいろいろなことに気がついたりもします。
ほんの些細なことですが、そんなことで、自分を少しずつ変えようと思っているのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ジョギング
2007 / 12 / 17 ( Mon )
何か、私のジョギング日記になりそうな気配も?
自分のレベルを曝すのが恥ずかしくてはっきり書いていませんでしたが、ここのところの私のジョギングの距離の目安は、10キロです。
1週約1.7キロのジョギング・コースを6周です。
それで、1週約12、3分、あちこち痛くなってくると15分くらいで走っています。
10キロ約1時間15分くらいというところでしょうか。
しかし、ふと考えてみると、そのペースでフルマラソンを走ると、5から6時間の間くらいということなのですね。
箱根駅伝に出場する選手の10キロのタイムというのは、27、8分くらいということらしいので、これと比べても2.5倍くらいということになります。
まあ、それぞれの競技のトップの人と比べても仕方がないのですが、何も目標も無く走るというのも張りがないので、当面、10キロを50分くらい、疲労もあるので単純計算はできませんが、フルマラソンに換算して4時間くらいを目指したいと思っています。
ちなみに今日は、約1時間でした。
11:54:59 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
六義園
2007 / 12 / 16 ( Sun )
らくだ教材を開発した平井雷太氏のセルフラーニング研究所は、JR駒込駅近く、六義園のすぐ側にあります。
先日、セルフラーニング研究所へ行った際、次の用事まで少し時間があって、どうやって時間をつぶそうか考えていたら、六義園で、期間限定で紅葉をライトアップして公開していました。
春は、桜のライトアップをやっているのは知っていたのですが、紅葉のシーズンもやっていたのだと思い、入ってみました。
時間は、19時過ぎくらいでした。
最近、コンパクトのデジカメを持って歩いているので、写真を撮りたいというのもあったのです。
暗くなった庭園のそこかしこにライトアップの照明が設置してあり、とてもきれいでした。
しかし、その雰囲気をそのままに、写真に残すのは、とても難しいことでした。
フィルムカメラを使っている時もそうでしたが、中々露出補正をしてどうなるかの自信が持てなくて、今回も、結果としてうまく撮れた写真もありましたが、失敗もかなりありました。
でも、楽しい小一時間を過ごすことができました。
これから、もう少し勉強をして、春の桜の時期に、また挑戦したいと思います。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
受験勉強の注意点
2007 / 12 / 11 ( Tue )
私の体験を踏まえてですが、受験勉強で大事なことのひとつに、自分をしっかり持つということがあると思います。
よくあるパターンで、人から聞いたり情報誌で見たりして、参考書をころころ変えるようなことがあると思いますが、こういうのはあまり良くないと思います。
やはり基本は、やさしめの参考書や問題集を完璧にできるようになるまで、繰り返しやりとおすということだと思います。
学校の定期試験のように、範囲がある程度限定された中から出題されるのであれば別ですが、受験のように出題範囲が広くなると、勉強したところが出題されるとは限りませんので、模試などの結果にすぐに現れるとは限りません。
また、受験情報誌などから難易度の情報などを得たりすると、基礎ができていない内から応用問題に気が向いてしまって、今のやり方でいいのか迷ったりすることもあるでしょう。
また、勉強をしているのに成績がともなってこない時期もあると思います。
しかし、受験となれば、ある程度の長丁場ですから、修正をすることも必要でしょうが、1年なら1年を通してしっかり仕上げていく気持が大切だと思います。
模擬試験の結果で一喜一憂しない、人の勉強方法や情報に振り回されずに、自分の決めた方法でコツコツ進めていくことが大事だと思います。
そういう意味で、自分をしっかり持つということが大事だと思うのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「でも」とか「しかし」
2007 / 12 / 10 ( Mon )
私は、ほとんどTVドラマを見ませんが、春頃にたまたま見て面白かったので、再放送の時に録画をして、よく見ているドラマがあります。
そのドラマを見ていて気がついたことです。
登場人物が、しばしば「でも」とか「しかし」で、会話を始めます。
相手の注意を促すというか、いきなり話し出すと唐突な感じがするので、最初に何か言葉を付けようとする感じですが、文法的には、いきなり逆説の接続詞をつけるのはおかしいということになるのでしょう。
「あの」とか「えーと」とか「○○さん」と呼びかけるあたりが、順当なところかもしれません。
「でも」、実際の会話で、私たちは、そういう時に「でも」とか「しかし」とか使うのですよね。
だから、文章で書いて、それを語法どおりにに読めばおかしいと思うことであっても、脚本の中でそういう言葉の使い方をするのが却ってリアルな感じがするのだと気がついて、脚本家の仕事の一端を窺い知ることができて、感動したのでした。
そういう見方をすると、ドラマ(に限ったことではなく、何か)を作るに当たって、セオリーというものはあるのでしょうが、あらゆるところに製作者の意図が隠されているのだと思うと、興味深いものです。
さすがに何度も見ていると、逆の意味での「粗」も見えてきますが、私的には、中々よくできたドラマだと思うのでした。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
久しぶりのジョギング
2007 / 12 / 09 ( Sun )
100キロハイク以来、久しぶりにジョギングをしてきました。
100キロハイクでのダメージというのはほとんど無かったのですが、右かかと近くに水ぶくれができていたのと、足がむくんできているのに対し靴紐の調節が遅れたことで、左足に痛みがあったため、しばらくお休みしていたのでした。
そして、ジョギングとしては約3週間ぶりとなりました。
体は正直ですね。
当初考えていた半分で、今日は降参してきました。
右足の付け根、ひざに痛みが出たので、やめました。
今週から、また少しずつ走りたいと思っています。
10:04:38 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
母のこと
2007 / 12 / 08 ( Sat )
一昨日、母が夢を見たと弟に話をしたそうです。
その内容は、食べ物の味に注文をつけたら、私から「体が不自由なのに、文句を言うな」と言われたというものだったそうです。
その数日前、私が、少し嫌味を言っていたので、夢と現を混同してしまったのもしれないと思いましたが、いずれにしても、その話を聞いて「はっ」としたのは、言うまでもありません。
親子の間柄で、お互いに言いたいことを言い合ってきたので、それ程気にしていないだろうと思っていたことが、そうではなかったことに、ドキッとしたのでした。
私は、自分で言うのもおかしいですが、普段はいたって温厚ですが、昨日書いたように、ある自分の弱みに関することについてキレてしまうことと、その裏表かどうかはわかりませんが、人の心をグサッと抉るようなことをズケッと言ってしまうところが、欠点です。
今回も、頑張ってよくなろうね、と言うつもりが、母には、そのように受け取れなかったのでしょう。
少し前、このまま母が死んでしまったら、きっと、母についてもとことんしてやることができなかったと後悔するだろうと思い、少なくとも何かを頼まれたら、気持ちよくやってあげようと考えていた矢先だったので、少し落ち込みそうになりました。
これからは、母に対してももちろんですが、自分の欠点が、出ないように気をつけていきたいと思います。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
コンプレックス
2007 / 12 / 07 ( Fri )
私は、子どもの頃からコンプレックスの強い人間でした。
コンプレックスが強いとうことがどういうことかというと、自分に何かできないことがあったり、自分の意見が通らなかったり、自分が言ったことに異議を唱えられたりすると、自分の存在まで否定されていると感じてしまう、ということです。
そして、そういう状況になった時、キレるという形で現れることが、私の場合よくありました。
ところが、周囲の人には、私がなぜキレているのかわからないため、困惑されたり、時には、人を傷つけたりしてきました。
そのことにあることがきっかけで気づくことができ、自分なりに、コンプレックスを持つ自分を受け入れようとしてきました。
しかし、中々しっくり受け入れることはできないでいました。
そんな折、らくだメソッド開発者の平井雷太氏の呼びかけで集まった、ある集まりでインタビュー・ゲームをやったことで、私は、自分のコンプレックスを受け入れることができるようになりなした。
その日、私のインタビュー・ゲームのパートナーは、大学生のS君でしたが、S君は私へのインタビューを「母から「ああしなさい」「こうしなさい」「あれしちゃダメ」「これしちゃダメ」と言われ続けて育って、何かをとことんやったことがなく生きてきた。」をまとめられました。
私はそれまで、そういう母に反発して、自分の事は自分で決めて生きてきたつもりでしたが、S君のまとめを読んで、母の影響の大きさを感じたのでした。
そして、母の影響によるものかどうかは別として、自分なりに頑張って生きてきたつもりだけれど、少し前にこのブログに書いたように、過去に後悔している部分があって(それが、とことんやってこなかった部分)、そのことを引きずって生きてきたというところで、自分のコンプレックスの根源を見つけたような気がしたのでした。
人生には、いろいろなきっかけがあるのだと思いますが、あの日のインタビュー・ゲームがきっかけとなって、私は、自分の過去を受け入れることができるようになったのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
読書
2007 / 12 / 02 ( Sun )
今日、本屋を歩いていて、ついつい何冊かの本を買ってしまったのですが、それで思ったことがあります。
私は、買ったのに読んでいない本がかなりたまっていて、それらの本を読み終わるまでしばらくは本を買わないでおこうと思っていたのでした。
しかし、今日は、これらの本は、今の私に必要なものだからこうやって目に入ってくるし、気になるのだ、などと訳の分からない理由をつけて買ってしまったのでした。
確かに、買おうと思った時にはそれなりの理由があったつもりが、時間が経つと理由が曖昧になってしまうこともあるとは思います。
しかし、今日気がついたのは、その時に読んでいる本が、中々進まなくて、行き詰っている時に他の本に目が移る傾向があるということです。
どうも、逃げ場を探してしまうようです。
と気付いた時、これは、面白い、これからは、読んでいる本を読み終わるまで、他の本に手を出すのはやめてみようと思ったのです。
大した意味はありませんが、何か、一つ一つ目の前の課題をこなしていく訓練になるような気がしたのです。
それでどうなるのかわかりませんが、何しろ、そうしてみようと思ったのです。
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
電車の中の風景
2007 / 12 / 01 ( Sat )
今日、夕方、電車に乗っていた時のことです。
私は、練馬駅で乗って、3駅目の練馬高野台という駅で降りることにしていました。
練馬駅では、電車はがらがらでしたが、次の中村橋駅で乗ってきた女子高校生で、私が立っていた乗降口付近は、少し狭く感じる状況になりました。
女子高生たちは7、8人くらいで、少し通路の中に入ればまだ空いている状況なのですが、彼女たちは固まるので、乗降口付近が込んでいるような状況でした。
私も、少し圧迫感を感じましたが、それ程気にはなりませんでした。
しかし、座席の端の方の乗降口付近に立っていた女性は、彼女たちに何か面白いことがあってキャッキャと飛び跳ねていたりすると、肩がぶつかって不愉快そうにしていました。
その女性が、何か特別な理由があってそこに立っていたのかは最後までわかりませんでしたが、通路を少し入れば空いているのに、その女性は頑なに場所を譲ろうとせず、時々、女子高生の方をチラチラ見ていました。
そして、富士見台駅でその女性の前の座席が数人分空いたのにも拘らず、やはり同じ場所に立っていました。
しかし、とうとう富士見台駅を電車が発車した頃、その女性は、向側の同じような場所に移動しました。
私は、ますます女子高生に圧迫されながら、次は自分が降りる駅だったので、どうやって降りようかと考えました。
お前ら邪魔なんだよ、という態度で居丈高にでるか、とも思いましたが、ごく普通に「降りるので空けてもらえますか?」と言いました。
すると彼女らは、やはりごく普通に「あ、すみません」と言って、道を空けてくれました。
私は、世代が違うとか、言ってもわからない奴らだとか考えすぎず、普通に接すれば何という事はないのではないかと思ったのでした。
23:03:14 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。