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少年少女スポーツの指導者
2008 / 12 / 22 ( Mon )
最近、少年少女スポーツの大会のお手伝いをすることがあります。
その際に感じることは、プレーをしている選手たちよりも監督、コーチが熱くなっている光景をしばしば見るということです。熱くなっているというより、ヒートアップという表現の方が感じが出ているでしょうか。
しかし、どうも私が見る限り、その様子は指導しているというよりはけなしている、なじっているというような感じに受け取れます。
「どうしなさい」と言うより、「それじゃダメだ」「なにやってるんだ」というような表現を多く聞くような気がします。
何事においても言えることだと思いますが、本番で結果を残すために必要なことは、しっかりとした準備をどれだけしたかということです。
そういう意味では、私が見る指導者の方のおっしゃっていることは、今(本番で)求めることとは違うのではないかというような内容が多い気がします。
選手たちも勉強との両立で大変でしょうし、多分指導者の方たちも手弁当でやっておられる方がほとんどだと思いますから、そういう限られた条件の中で結果を出そうと思うと大変なことだと思います。
ある大会のスタッフの控え室で、試合中に選手をなじり倒していた女性指導者の方がスタッフの女性に愚痴をこぼしているのが、席が近かったために耳に入っていきました。
私は、「自分の好きなことをしていて、そういう愚痴のこぼし方はないのではないか」と感じました。
その話を知人にすると、その女性が好きなことをしていると思っているかはわからない、頼まれて仕方なく引き受けているのだと考えているかもしれない。また、大会に出ると他チームと比較することになるから、自分の指導力不足を感じて腹が立つこともあるかもしれないし、それこそ熱くなってしまうこともあるかもしれないではないかと言われ、なるほどそういう考え方もあるかと思いました。
一方で、私が控え室で席が近かった指導者の愚痴(ぼやきかな)を聞いていて感じたのは、それが最善かどうかは別にして、そういう控え室でしているような話を選手たちにしてあげたらどうかということでした。指導者だから上から目線でものを言うばかりが能ではないと思うのです。
その愚痴の中には、選手一人一人を見る優しいまなざしを感じるのです。私は、あなたたちをこういう風に見てるのだよ、そして成長して欲しいと願っているのだよということを選手たちに伝えられれば、試合であんなに選手を煽らなくても選手はのびのびといいプレーをしてくれるのではないかと思います。
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電車の車内で
2008 / 12 / 21 ( Sun )
先日、いわゆる通勤時間帯にある電車に乗っていました。その電車は方向が下りだったので比較的空いていました。
私の横くらいに立っていた、はっきりとは確認できませんでしたが20代後半くらいのスーツを着てネクタイを締めていた男性が、ポケットから小さな袋に小分けされているキャンディーを取り出し、袋を開けました。
その時にキャンディーが1個床に落ちる音が聞こえました。
ところがその男性は、何事もなかったかのように残りのキャンディーを口に入れそのまま知らん顔を決め込んでいました。
知らん顔をしていたのではなく、まったく気にしていなかったのかもしれません。
先程スーツを着てと書きましたが、実はその男性、私の死角に立っていて、私はそのキャンディーの床に落ちる音を聞くまでその男性のことを気にしていませんでした。
ただ、落としたキャンディーを拾う素振りや探している様子がないことは気配で感じたのでした。それで、どんな人なのかと視界の端で捕らえたのが先程の特徴です。
その時、なぜか私の頭に浮かんだことは、この様子をその男性が勤める会社の社長、もしくは上司が見ていたらどんなことを思うのだろうかということでした。
その男性の仕事ぶりを知ることはできませんが、仕事ができるできないとは別に思うところはあるのだろうかということでした。
また、そう考えると私の頭の中はエスカレートし、それを見た人の中にその男性の取引先の人がいたらどうだろうかということへ発展していきました。
その人がそういうことをしたからといって、会社同士の取引に個人的な感情を持ち込むことはないかもしれませんが、多分、多少なりともその男性に対する不信感のようなものを持つことにはなるのではないか、そして、本当に困った時にはその男性には頼まないのではないかと思ったのでした。
いや逆に、周囲の人もそういうことにすっかり無関心になってなっているのが今の日本なのかもしれません。
私はとりあえず、その電車の下り際にそのキャンディーを拾って駅のゴミ箱に捨てておきました。
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神宮球場
2008 / 12 / 16 ( Tue )
今回も応援部ネタです。
大学野球(東京6大学だけかどうかは定かではありませんが)では、観客席が大きく外野席、内野席、特別内野制定席と学生席に分かれています。
その学生席で応援部はパフォーマンスをする訳ですが、学生席にはその名の示すとおり、その大学の学生しか入場できません。
OBだと言うと、応援部の部員がOB席のようなところに案内してくれるという噂を聞いたことがありますが、自分で試したことはありません。
しかし、現実にそういうことはあったらしく、特に東大は野球部を応援に来る学生の数も少なく、学生席は非常に閑散としているのですが、最相さんの本を読むと東大応援部を応援している一団(と言っても組織されているようなものではなく、お互い面識はあるでしょうが、あくまで個人が集まったもの)がいらっしゃるようで、そういう人たちは超常連の方たちなので、代々の先輩たちから申し送りがあるのでしょう、特別に応援部の部員が学生席のチケットをその人たちの代わりに購入して入場させるということをしていたようです。
ところが、先に「そういうことがあった」と書いたとおり、そういうことが神宮球場側から禁止されたらしいのです。
これは一頃東大応援部の掲示板に書かれていたことです。学生応援席は、他のエリアに比べると学割という考え方か、少し低い価格に設定されています。
多分、そこに一般の人が安くチケットを手に入れて入場するというのが球場側には許せなかったのだと思います。
ならば、例えば一般席の入場券で入場するのはどうなのかということですが、その後掲示板をフォローしていないのでどうなっているのかわかりませんが、混乱するという理由でやはり許可されていないのではないかと想像されます。
東京6大学野球は、30年も40年も前のような人気があるわけでもないので(昨年あたりは早稲田の斎藤佑樹投手人気で少し入場者が増えたようですが)、混乱を心配するより、混乱してから考えても遅くないと思うのですが。
確かに斎藤投手のような、ある種アイドル的な選手を追いかける女性たちが学生応援席に大挙するようだと混乱することにはなるでしょうけれど、それはその大学の応援部が考えればいいことにはならないのかと、長年通い続けている常連の方たちの肩を持ちたい私は考えてしまうのでした。
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応援部(2)
2008 / 12 / 15 ( Mon )
応援部といえば、夏に最相葉月さんが書かれた『東京大学応援部物語』という本を読んで涙を流し、母校の応援部とは別に東大の応援部のファンになりました。
他校の応援部(学校によっては応援団、応援指導部などの名称を使っていますが)も好きなのですが、最相さんの本の影響で、東大の応援部が以前にも増して気になるようになったのです。
この東大応援部、2年前の春に前年の4年生が卒業した時点で、4年生、3年生が不在、2年生4人だけが残ったのでした。
この時は、東大応援部の本当に危機だったと思います。
その後、新入生が2人ずつ入部し、今年の部員数は3年生、2年生、1年生合わせて8人となり、何とか部は存続する方向で活動を行っています。
その危機を支えた4人が、来春幹部学年となります。
とても厳しい状況を乗り切ってきた4人です。それこそ他の3人の同期がいたから続けられたとお互いが思っているのではないでしょうか。
来年は、彼らの晴れ姿を見に神宮に足を運びたいと思っています。
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母のこと(3)
2008 / 12 / 14 ( Sun )
前にも書きましたが、最近の母は弟に「迷惑を掛けて悪いね」と言いつつ、夜中に何度も弟を起こしているようです。
母は、現在足が不自由で自分で動ける(実際には移動自体はできないので、身の回りのものを取る程度ですが)範囲が限られているため、関節が固まってきているのではないかと思います。
それで、体を動かす時に関節の稼動範囲が大きくなると痛みを感じるということがあるのではないかと思います。
弟によると、夜中じゅう「体が痛い」と言っていて、母はほとんど寝ていないのではないかということです。それを知っている弟も同様ということになりますが。
昨晩、弟がサークルの忘年会で帰りが遅くなるというので、私は何時間か母と二人でいましたが、その間、母はそれ程体が痛いとは言いませんでした。何度かはつぶやいていましたが。
ところが弟が帰ってきた途端、母は自分の体の不調を訴えだしました。
確かに私に比べると弟の方が格段に面倒見はいいので、母も相手を見ているようです。
体のあちらこちらが痛いというのは事実なのでしょうけれど、体が言うことを聞かない、視力も落ちて、耳も聞こえなくなってということで、張り合いがないので甘えたいという気持ちもあるのでしょう。
前回も書きましたが、私にとっての母は、「強い人」だったので、私は弱くなってしまった母をなかなか受け入れられず、オロオロしています。
09:40:02 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
学ぶことの大切さ
2008 / 12 / 12 ( Fri )
友人のS氏から聞いた話です。
S氏が所属するサークルで忘年会の話が出ているそうで、今回はS氏の後輩のA氏が幹事で話は進んでいるのだそうです。
A氏はとてもサービス精神旺盛で、いろいろな飲み会などで自ら着ぐるみなどを購入してきてまわりを楽しませるのだということです。
そのA氏が今回もいろいろ考えて(と言うのは、そのサークルは年齢層が広いのだそうで、毎度居酒屋でワーッというわけにもいかないのだそうです)設定をしたらしいのですが、会費の設定にある女性からクレームがついたそうです。
大方の人はA氏の一所懸命さを知っているので「まあまあ」という感じらしいのですが。
その話を聞いていて私が思ったこと。それは、A氏の対応です。
こういうことは赤の他人だからこそ気づくこともあって、当事者は事態に巻き込まれてしまって中々冷静な判断ができないものです。もちろん、私の意見が必ずしも正しいともいえないと思いますが。
なにしろ、私が聞き及ぶ限りではA氏はそのクレームをつけてきた女性に向けに返事をしてしまったということです。
話が前後しますが、このやり取りは主に携帯のメールのメーリングリストというのでしたか、メンバー全員に発信されているメールの中でのものです。
その中でA氏は、聞いた話で正確ではないかもしれませんが、「もう少し値段の交渉をして見ますが、どのくらいならいいですか」と聞いてしまっています。
これでは、他のメンバーの中でも内心「高いな」と思っている人たちの気持ちを呼び起こしてしまいかねません。また「どのくらいなら」と聞いてしまうと「ダメ元で言うだけ言っとけ」という気持ちにもさせてしまいかねません。
これが、個人的に返信を受けたものなら別ですが、メンバー全員が見ていることを考えるとその女性に謝っている振りをしてメンバー全員の同情を買うような対応が可能のような気がします。
たとえば「ぼくもいろいろ考えて一生懸命やっているんだけど、至らないところがあってごめんね。もう少し金額の交渉をしてみるけど、希望通りにならなくても勘弁して」みたいに答えれば、体制が自分の方についているという前提があってのことですが、女性には謝りつつその他の人には助けを求めている感じが出るのではないでしょうか。
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応援部
2008 / 12 / 11 ( Thu )
私の母校の応援部は、昨期(と言うのは、HPに12月10日より新体制と書かれていたので)は、幹部学年である4年生が1人でした。
私は、応援部の内部事情に詳しい訳ではありませんが、推察するに3年生が一番大変な学年なのではないかと思っています。
3年生はちょうど企業で言う中間管理職のような役回りになるのではないでしょうか。後輩の面倒は見なければならない、最上級生である4年生の指示は徹底させなければならない、OB会との連絡をはじめとする部内のいろいろな仕事も山とあるようです。
昨年、神宮に野球の応援に行った際、どうやら3年生が1人しかいないようだと気付きました。(後にHPで確認)
何とか頑張って欲しいと陰ながら応援をしていました。
そのО君が今年主将となって、立派に1年間の大役を果たしました。
О君、本当にご苦労様でした。
そして、来年(今期?)の幹部の学生たち(彼らは4人の仲間がいます)には、皆で力をあわせ、先輩たちが築いた伝統を立派に継承していっていただきたいと思います。
この代には、私が知る限りで2年まで活躍していた部員が、3年から姿を見せなくなりました。
本人には深い事情があったのでしょうが、残念でなりません。
思い起こせば、2007年度の幹部にも、事情はわかりませんが、春のシーズンには確かいたはずの幹部が、秋のシーズンから姿を見せなくなり、明治神宮大会の決勝あたりだったかに復帰をして涙を流しているのを見ました。
彼にもきっと、深い事情があったのだとは思いますが、私の勝手な思い込みですが、彼には戻ってこられて本当によかったと彼と一緒に涙を流しました。
今度幹部になった学年の彼が、今更戻れるものなのかわかりませんが、できれば戻ってきてもらいたい、もし叶わないのであっても、今後の人生に悔いを残さないように歩んでいってもらいたいと願うばかりです。
09:34:35 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
母のこと(2)
2008 / 12 / 08 ( Mon )
母は、比較的若い時に2回、年をとってから1回手術を受けています。
年をとってからの時は、痛み止めに対する考え方も変わり、痛みを軽減することで体力の回復を早めようということになってきていたようで、痛み止めの点滴を引きずりながらトイレに行ったりしていました。
しかし、昔は痛み止めは体には本来よくないものというような感じで、術後に麻酔や痛み止めを施すということはなかったようです。
母は、他人に下の世話をしてもらうのが嫌で、術後何日もしないうちから自分でベッドから降りてトイレに行くような人で、私が母に抱いていたイメージは、気丈な人でした。
その母が、本人にとっては一大事なのかもしれませんが、少しのことで弟を呼んでは頼みごとをしており、最近では同じ事を何度も聞くようになってきました。
薬を飲んだ直後にも薬を飲んだかを聞くようで、いくらか認知症も出てきているのかもしれません。
そんな母をオロオロしながら見ている私です。
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勉強の秘訣(3)
2008 / 12 / 03 ( Wed )
このブログでは、R25に連載の原哲夫氏の人生相談コーナーから、私が勉強の秘訣に読み替えた訳ですが、自分がやっていること、やらなければならないことの中にストーリーを読み取る能力というのは、生きる上で(少し大きく出てしまいましたか?)とても大事なことだと思います。
今年流行った言葉に「KY」というのがありました。「空気が読めない」という意味だそうですが、この「空気が読めない」ということも原氏がいうストーリーを読む力のなさか来るものとも言えそうです。
R25のこのコーナーでは、「ケアレスミスをなくしたい」という相談でしたが、ミスをなくすということばかりではなく、追いかけられて仕事をするのではなく先回りする仕事がしたいという場合や、上司や顧客を説得したいという場合などでもとても効果を発揮する能力のように思えます。
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母のこと
2008 / 12 / 02 ( Tue )
最近の母は、どんどん気が弱くなってきているようです。
私が早朝に弟のところによると、こんな会話が聞こえてきます。
弟「ばあさん、昨日の夜は眠れた?」
私たち兄弟は、子どもの頃から母を「お母さん」とか「ママ」とか呼ばず、ずっと「ばあさん」と呼んできました。
母「昨日は眠れなかったのよ。××××で、△△ちゃんを呼んでも起きてくれないんだもの。」
××××のところはよく聞こえないのですが、きっと寝返りをうたせてもらいたかったとかいうことを訴えているようです。
もちろん弟は仕事を持っていますから、朝だって早く起きて自分の食事もそうですが母の食事やトイレの面倒を見なければならず、夜、母の要求に応えられない時もあるでしょう。
弟「それは寝ちゃった後のことは仕方ないよ」と誤魔化しますが、内心苦しいところでしょう。
母は、何か頼むたびに「ごめんね」ととても申し訳なさそうに言いますが、一方で夜中に―身体が痛いということもあるでしょうが―弟が起きてくれなかったから眠れなかったということを言っている時には、弟の負担のことは頭にないようです。
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フルマラソン完走(6)
2008 / 12 / 01 ( Mon )
私が走った大会は、第12回東京シティマラソンWALK & RUNという大会で、皇居の周回コースです。
皇居の周りは約5キロ弱だそうで、8周してそのまま通り過ぎ、残りの距離の半分の地点を折り返してスタート地点でゴールするというものでした。
この日は、すでに書きましたように準備不足を感じていましたので、少し入念にストレッチなどをしてスタートを待ちました。
そしてスタートをしてみると私の不安とは裏腹にオーバーペース気味で1周目を走りました。
しかし、2週目にして早くもふくらはぎに違和感を感じ始め、私は電解質の補給に早めにスポーツドリンクを取る様にし、時折ストレッチなどをし攣ってしまわないようなケアを心掛けました。
ところがペースはそうした体の調子とは逆にいつもより10キロで5分くらい早かったのでした。
一方で20キロを過ぎた頃には股関節にも違和感が出始め、タイム的にはことによると4時間を切れる?と思ったりしながら、同時にゴールできるのだろうかという不安も頭を過ぎり出したのでした。
よくマラソンは30キロを過ぎてからが苦しいのだと言いますが、私の場合も7周目に入るとかなり体力の消耗を感じ始め、8周目に入ると走るのが本当に辛く、ついつい歩いてしまったのでした。
ところが、股関節の痛みは歩いたからといって軽減されるものではなく、走るも地獄、歩くも地獄(ちょっとオーバーか?)といった感じになってきました。
また、歩いているとスピード的にかなり落ちるので、いつまでたってもゴールできないのではないかという不安が頭をもたげ、今回は途中棄権か?とまで思ったのでした。
しかし、そんなことではいけないと思い直し、再び走り出したのでした。
そうしてやっとの思い出ゴールしたタイムが4時間32分36秒というものだったのでした。
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