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死ぬ自由2
2009 / 07 / 31 ( Fri )
先週、座禅の会に参加したことは書きました。
そのときに、住職がコンゴの難民を4人連れてこられました。
コンゴの内戦で難民化した人たちで、親兄弟とは離ればなれで生死もわからない状況なのだそうです。
日本政府は、難民と認定した人たちに4万円を支給しているそうなのですが、もちろんそれで生活できるわけがありません。
キリスト教の教会や他にも支援する人たちがいて何とか生活をしているようです。
彼らは「生きていられるだけ幸せ」と言います。
そういう、本当に生死の境をくぐり抜けてきた人たちの言葉は、とても重く心に響きます。
私は、自分が「死ぬ自由」などということを軽々しく考えるものではないなと思う反面、彼らはいっそのこと死んだ方が楽だと思った瞬間はなかったのだろうかと思ってしまったのでもあったのでした。
まあ、「死ぬ自由」などというテーマでブログを書いていますが、私自身が近い内にそういう決断をすることはないつもりです。
ただ、人は生きている中で、もうこの辺でいいやと思うときがあったりするのではないかと感じているだけなのです。
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寺子屋
2009 / 07 / 30 ( Thu )
昨日、私が、離婚と失業を同時に経験し、落胆していた当時に、人には「死ぬ自由」があってもいいのではないかと考えたことがあったと書きました。
そんな話を誰にでもする訳ではありませんが、ある日、私がらくだの塾を開かせていただいている金剛寺でいろいろな教室を企画して沢山の人が集まる地域のコミュニティーを作る活動をしていらっしゃる波多野さんにしたのでした。
すると波多野さんは、「私は、木村さんのような人のために寺子屋を始めたのですよ」と言われました。
人はいろいろなことがあって、失敗したり上手くいかないことがあったりして、孤独を感じたりすることがあります。
そういう時に、近くに助け合える仲間がいたら、生きる気力も湧いてきます。
私などよりもっともっと辛い思いをしている方がいらっしゃるでしょう。
私は波多野さんに声をかけていただいて、金剛寺に教室を開くことができました。
そして、私のような人たちのために波多野さんは地域コミュニティーを作りたいと言われます。
このような出会いを私は無駄にしないために、自分からは何かを起こすほどの力はありませんが、波多野さんの活動のお手伝いをしていってみようと思っています。
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死ぬ自由
2009 / 07 / 29 ( Wed )
2年と少し前、私は離婚と失業を同時に体験しました。
離婚の時には、残してきた子どもたちへの養育費の約束もしました。
40半ばで失業をして、自分の先行きすら不透明な状況で養育費なんて払えるのだろうかと、表面は平静を保っていたものの、内心は途方に暮れていました。
まだまだ体力はあるつもりですが、老後の心配もあります。
もし大病をして誰かの世話にならなければならなくなったら誰に頼めばいいのか等、とても不安になったときもありました。
もちろん家族がいれば何とかなるというものでもないのかもしれませんが、とにかくいろいろな負の考えで頭がいっぱいになってしまったのでした。
そんな時に頭に浮かんだのが、「死ぬ自由」ということでした。
別に今すぐに自殺をしようということではありませんが、自分でもうこの辺で限界と思うときがあったら、死を選択することも自由として与えられてもいいのではないかと思ったのです。
そうすればいくらかでも掛けている保険を子どもたちに渡すこともできるし、と。
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中学サッカー、ある大会でのこと
2009 / 07 / 26 ( Sun )
先週、中学サッカーの大会に写真の仕事で行ってきました。
中学生になると、反抗期というのもあるのでしょうが、集合写真を撮らせてもらおうとしても、なかなか並んでもらえません。
後で先輩に聞いたら、中学生の大会ではまあそんなもんだそうです。
そう頭でわかっていても、気になったことがありました。
あるチーム、負けて悔しいのでしょう、泣いている生徒が何人かいました。
その中の一人が、チームメイトから離れてどこかへ行ってしまいました。
顧問の先生に伺ったところ、写真撮影の許可を得たのですが、どこかへ行ってしまった選手を探しに行った別の選手も一向に戻ってきません。
一応キャプテンに話して並んでもらって待っていたのですが、なかなか全員が集まりません。
もう一人のカメラマンが呼びに行って何とか集合、写真を撮らせていただくことができました。
後でそのカメラマンに聞くと、呼びに行った選手は、泣いている選手をただ見守っていて、カメラマンが声を掛けると放っておいてもうらいたいと言ったということです。
カメラマンは、みんなが待っているのだから、みんなに迷惑をかけてはいけないと説得をしたそうです。
私だったらどうしただろうと思いました。
私たちは、写真を撮らせていただいて、それを買っていただく立場なので、あまり無理強いはできません。
そういう意味で、私なら「じゃあ、いま並んでいる選手だけで撮るよ」と言ったのかなと思ったり、それでは会社から文句が出てしまうので、やはり、何とか説得をしたのだろうかと考えたりしました。
しかし一方で、そのときの私は呼びに行くのをもう一人のカメラマンに任せてしまったので、少し離れた立場で状況を見ていました。
この状況について、何か思う人はいないのだろうか。
キャプテンはどう思っているのか。自分の指示では動かないのか。
もちろん、他の選手たちもどう思っているのかというのはありました。
しかし、私は、学校のクラブとは言え、ひとつの集団としてみた場合、この集団に号令をかけられるのは、もしくはかけるべき人は誰なのだろうと思いました。
学校によっては、顧問の先生も一緒に写る場合もあったりするのですが、そのチームの先生は、我関せずでした。
それでも、業者を待たせている状況くらいは把握して、それがどういうことなのかを教育に生かすとか、選手の様子から、辞退を申し出るとかいうことは、大人が出る幕だったのではないかというような気がしたのでした。
実際、全国を狙うようなチームの中には、自分たちは遊びでやっているのではないとか仰って、撮影を辞退されることはよくあることですし、選手たちが落胆している場合には、少し待ってやってくれと要望されることもあります。
いずれにしろ、あのチームは、私が見るところ無政府状態(と言ったらオーバーかもしれませんが)のように写ったのでした。
11:49:15 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
座禅
2009 / 07 / 24 ( Fri )
昨日、私が教室を開かせていただいている金剛寺で、座禅の会がありました。
私も急遽、参加させていただきました。
その座禅の会は、「ただ座るだけでよい」ということでやっておられ、一応の作法は指導されるものの、難しいことは一切抜きなのでした。
私はそもそも、股関節が硬く座禅を組むこともできませんでしたが、とにかく座らせていただきました。
難しいことは一切言われないので、ただひたすら座りました。
私は煩悩だらけの人間なので、雑念を払うどころかいろいろな雑念が後から後から湧いてきましたが、それらを無理に排除しようとせず、ぼんやりと湧いてくる雑念に精神を委ねていました。
時間はどのくらいだったのでしょう。
19時半から始まり、終わって般若心経を読経し、住職の説法があって、懇談が少しあって帰途についたのが21時ころだったので、30分くらいだったのでしょうか。
以前から座禅には興味があったので、いい体験をさせていただきました。
この座禅の会は、波多野さんの『きずな日和』等でも紹介され、前述しましたように「ただ座るだけでよい」というフレーズに大変惹かれるものがありましたので、参加させていただいて、本当によかったと思っています。
04:10:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
日食
2009 / 07 / 23 ( Thu )
昨日は、東京は朝から雨で、私は雨が上がった11時半ころにジョギングに出かけました。
空はどんよりとして、気温も上がらず、湿度は高かったものの、まあまあ走りやすいコンディションだったと言えます。
それが、12時半ころ、急に明るくなり、セミが一斉に鳴きだしました。
午前中にテレビを見ていたら、宇宙飛行士の毛利衛氏が46年前の皆既日食のときのことをコメントしていて、食がかかっているときは、普段の夕方から夜にかけてのような様相を呈し、食があけると一気に夜が明けたような感じになるとおっしゃっていました。
12時半ころが、丁度その時期だったのでしょうか。
厚い雲に覆われて、とてもじゃないけれど日食なんて見えないと思われていたのは、太陽に食がかかって明るさが減少していたことも一因だったのかもしれません。
今回の皆既日食は、全国的に天気が悪く、よいコンディションで観測できた地域も少なかったようですが、私が住んでいる東京も、日食を見ることはできなかったものの、その影響を肌で感じることはできたのでした。
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昨日の続き
2009 / 07 / 22 ( Wed )
昨日、午前中にジョギングに出かけたわけですが、昨日の午前中の天気予報では、朝と晩に雨が降りそうだが、日中は何とかもちそうというものでした。
しかし、みなさんご存知のように、朝は何とかもったものの、昼前から降り出した雨は夜まで降り続いたのでした。
と言って、今日も雨が降り続いていますが。
昨日、私が午前中グズグズしてしまっていたら、雨が降り出して、雨を理由にジョギングをサボってしまっていたでしょう。
チャンスを逃すというのは、そういうことなのでしょう。
わかっていても、常に楽をしたい自分との戦いですが、やるべきことを先延ばしにしないことの大事さというのは、こういうところにも出てくるのですね。
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終わってみれば
2009 / 07 / 21 ( Tue )
今日、ジョギングに行ったのですが、また例によって、少し間が空いていたので、不安を感じながらのスタートでした。
初っ端は好調で、久しぶりなので今月は距離も稼げていないので、いつもの倍くらい走ってしまおうか?と思いながら走っていました。
ところが、そううまくはいかないもので、途中でひざが痛くなってきて、何とかいつどおりの距離を走って帰ってきました。
ジョギングなどは本当にそうなのですが、積み重ねないと距離は伸ばせません。
それを誤魔化そうとしても、終わってみれば、どこかに無理が出て上手くいかないのでした。
本当に何度も経験していることなのに懲りない奴だ、と自分のことながら思ったのでした。
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脳を喜ばす
2009 / 07 / 18 ( Sat )
先日、テレビを見ていましたら、アニマル浜口氏が出演されていらっしゃいました。
その浜口氏、毎日あることをしていらっしゃるそうです。
そのあることとは、笑うこと、唄って踊ることなのだそうです。
大声を出して笑う、そして「いいことがやってきた、いいことが降ってきた」(歌詞は正確ではありませんが)というな歌を唄いながら踊るのだといいます。
それこそメロディーも振り付けもあったものではないようなものですが、浜口氏の言葉が「おっ、なるほど」と私をうならせました。
その言葉とは、「脳を喜ばせてやる」というものでした。
ああそうか、浜口氏は、ああやって毎日脳を喜ばせているから元気で活動的なのだ、と。
同じテレビ番組を見ても、鉛筆を縦にくわえて口をすぼめるようにして(怒った顔のイメージですね)みるのと、横にくわえて口を横に広げるようにして(同じく笑った顔のイメージです)みるのでは、横にくわえる方が脳が活発に働くという実験もあるようです。
心の問題のある程度(専門家ではないので、どの程度かを断定することはできませんが)は、日頃の行動を変えることで解決できるようです。
浜口氏の笑ったり、唄ったり踊ったりするのは、まさに行動によって心をコントロールするという実践なのでした。
ものごとをいい方に解釈する、ということも気持ちを明るくする働きがあると思います。
気持ちが明るくなれば、脳も活発になり、新しい発想も生まれて、いろいろなことがいい方に回転する。
そんな風に、人生はなっているようです。
私も明るく生きたいと思っています。
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水着の脱水機
2009 / 07 / 17 ( Fri )
昨日、約2年ぶりに区民プールに行ってきました。
私の行っていたプールが、一部改装のため閉鎖になっていたことと、私自身がジョギングに軸足を移していたことですっかりご無沙汰をしていたのでした。
行ってみてビックリ。
水着の脱水機が設置されていたのです。
以前は脱水機がなく、水着をいくら手で絞ってもボタボタ水が滴り、ビニール袋に入れて帰るとは言え、びしょびしょの水着を持って帰るのは、気が乗らないのでした。
それで、ダメ元で区のスポーツ課だったかにメールをしてみたのでした。
その返答が、にべもないものだったのは、その当時のブログでも触れています。
その脱水機が、知らない内に設置されていたのです。
これは感動ものです。
私のメールがきっかけだったのかは知る由もありませんが、そんなことよりも、現実に脱水機が設置されていたことが重要です。
日本の役所は、柔軟性がないとよく言われますが、時代は少しずつ変わってきているのかもしれません。
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街頭清掃
2009 / 07 / 16 ( Thu )
今月は、渋谷道玄坂の街頭清掃がありました。
これまでは新宿の東口周辺、歌舞伎町コマ劇場周辺を月替わりで清掃していましたが、道玄坂の商店会の呼びかけがあって、新宿2ヶ所に渋谷を加えて3ヶ所を順番に清掃していくことになったそうです。
私はまだ、みなさんのあとをついていっているだけなのですが、毎月、100人近くの方々が集まるということは、すごいことだと感心するばかりです。
全国的な組織もできていて、毎月どこかでそれぞれの地域で活動が行われています。
私が塾をやっているお寺で、地域のコミュニティーを再興しようと活動されている波多野さんも、毎月最終日曜日にお寺の周りの掃除の会を催されていて、私もお手伝いをさせていただいていますが、西武柳沢にも掃除の輪が広がっていくといいなと微力ながら協力させていただこうと思っています。
今月は26日です。
多くの方のご参加をお待ちしております。
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子ども
2009 / 07 / 15 ( Wed )
先日、写真の仕事で、小学生のサッカーの大会に行ってきました。
あるチームの選手が、試合に負けてオイオイ泣いていました。
試合が終わってかれこれ20分も経っていようかというのに、大きな泣き声が聞こえてきます。
私は、その選手が素直に気持ちを表現しているのに、可愛いなと思いました。
子どもは本来、そうやって感情を素直に表現をして、いいものです。
大人になると、他人からどう見られるかなどを考えなければならなくなりますが。
私には、別れた妻との間に子どもがいますが、特に長男の時は、私が長男でぼんやり育ってしまったので、しっかり育てたいとかなり厳しくしました。
もう彼も中学生になっていますが、この間の負けて泣いている選手を見ていて、長男にはあんな風に感情を出させてやっていなかったなと思いました。
確かに、早くしっかりしてもらいたい、という思いは、どの親御さんにもあることだと思いますが、子どもは誰でも放っておいても大人にはなっていくわけで、その過程でいろいろなことにぶつかり、逞しく、強くなっていくものです。
その過程のことは、少し多めに見てあげてもいいのではないかと、今になって思うのです。
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八ヶ岳
2009 / 07 / 08 ( Wed )
6日の日に、八ヶ岳に行ってきました。
登山をやる友達がいて、誘ってくれたので、挑戦してみました。
初心者の私向けに、多分やさしいコースを選んでくれたのだと思います。
登った山は、北横岳という山で、標高は2473メートルということになっていますが、途中までロープウェイがあるので、上って下りてきて2時間弱のコースだったでしょうか。
皆さんご承知のとおり、6日の天気は、とても山歩き日和と言えるようなものではありませんでした。
しかし、日頃の鍛錬の成果(?)が出て、体力的には問題なく下山することができました。
それでもやはり、初めてということで、足元に注意を払うのに精一杯で、なかなか周囲に気を配る余裕はなく、友だちによれば、山を登っていくと、植生が変わってきて、生えている植物の種類が変わっていくのを見るのも楽しみのひとつだと言いますが、そういうものを愛でる余裕はまったくなかったのでした。
私は、植物にまったく疎いということもあります。
この日は、雨が降ったり止んだりで、北峰の稜線まで行きましたが、ガスで何も見えなかったのでした。
まだ登山というものの、とば口にも立っていないような段階ですが、新しい世界に踏み出したような感じがして、とても楽しい1日でした。
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江戸川陸上競技場
2009 / 07 / 06 ( Mon )
昨日、江戸川陸上競技場へ行ってきました。
後輩たちのオールスター戦があったのです。
私たち、大学の同好会のアメフトチームは、4つのリーグに分かれ、それぞれのリーグ戦の優勝チームがトーナメントで王者を競う秋のシーズンと、定期戦やオープン戦を行う春のシーズンがあります。
春のシーズンには、オールスター戦があり、4つのリーグが2つずつに別れてオールスターを編成するのが私たちの時代のそれでした。
それが、ここ3年は、江戸川フットボールリーグのオールスターと戦う形式に様変わりしていました。
結果は、お互い決定力を欠く展開の中、第4クォーターに江戸川リーグのオールスターチームがタッチダウンを決めて勝利しました。
久しぶりに後輩たちの活躍を目の当たりにし、やっぱり自分はアメフトが好きなのだという思いを新たにしました。
今はジョガーとなっていますが、生涯ジョギングをするフットボールプレーヤーでいようと思ったのでした。
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スイッチ
2009 / 07 / 04 ( Sat )
最近、スイッチが入るとか、入れるとかいうことを聞くように思います。
教育現場でも、子どものスイッチを入れるというように使われます。
人は、環境によって変わることもありますから、いろいろな働きかけによって子どもがやる気を出すことはあると思います。
しかし、人は複雑な生き物ですから、これをすればこうなるというような公式はないと思います。
また、スイッチが入っているときは、子どもは進んで課題に取り組むと思いますからいいのですが、問題なのは、スイッチが入らない状況のときにどう自分と折り合いをつけるかということなのではないでしょうか。
らくだ教材は、自分から進んで学ぶ仕掛けが満載です。
押し付けたり命令してやらせるのではなく、自分の決めたことを指導者との約束の中でやり抜く。
他人から評価されることなく、自分で採点し、自分でミスを直すことで確実な学力を養成する。
記録表をつけることで、自分で自分と向き合える。
これだけ自分から学ぶ、ということを徹底して追及した教材は他にないでしょう。
しかしだからと言って、この仕掛けだけで子どもが一人で学ぶようになるのであれば、苦労はありません。
壁にぶつかって嫌気がさしたとき、ミスが多くて誤魔化したくなったとき、指導者や保護者の方たちの援助があって、子どもたちは壁を乗り越えて行きます。
繰り返すようですが、スイッチが入っているときはいいのです。
スイッチが入らないとき、どのようにそれを乗り越えていくのか、そこにこそらくだメソッドの真骨頂があります。
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ジョギング
2009 / 07 / 03 ( Fri )
先月末から、また走り出しています。
続けるというのは、こういうのも入るのだなと思います。
確かに、毎日、コツコツ続けられるのが一番いいと思いますし、そうしたいと思っていますが、しばらく間が空いてしまっても性懲りもなく再開できることも、大切なことだと思います。
密度は少し下がってしまいますが、長い目で見ればやはり続けているだけのことはあると思うのです。
これまで、お稽古事にしろなんにしろ、続いたことがない、という方がいらっしゃいますが、過去は過去、これからどうするかが問題なのであって、性懲りもなくチャレンジするということが大事なことなのだと思います。
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浮気性
2009 / 07 / 02 ( Thu )
昨日の続きです。
小池龍之介氏によると、仏道では、今、ここに集中していない状態を浮気というのだそうです。
そう言われると、私など典型的な浮気性です。
何かしなければならないことがあるときほど、他のことが気になってしまいます。
先日はちもり様からいただいたコメントに、返信をしそこなっているのですが、私が、ボーっとしてしまうのは、まさにそういうところなのです。
朝、あれとこれをやることにしようと思って起きるものの、少し過密にスケジュールを立てると、もしくはやることが手一杯だったりすると、取り掛かる前にどれから先にやろうかとか、どうやったら上手くことが運ぶかとかいうことを考えてばかりいて、長考してしまうことが多いのです。
やらなければならないことが溢れている場合は、優先順位をつけてできるところまでやるしかないのですが、優先順位をつけるのに時間がかかったり、他のことに気が散ったりしてやらなければならないことに手がつかないということがままあるのです。
なるほど、これが浮気性だといわれると、私としてはとても得心がいったのでした。
今ここ、ということを意識しながら暮らしてみようと思っています。
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6月の結果
2009 / 07 / 01 ( Wed )
読書
『「自分」から自由になる沈黙入門』 小池 龍之介 幻冬舎
『ハガキ道に生きる』 坂田 道信 致知出版社

ジョギング 42キロ

でした。


『「自分」から自由になる沈黙入門』ですが、体の声を聞く訓練をしていると、自分に必要な分しか食べなくなるのだそうです。
イチロー選手は、よくインタビューに答えて、好きなものを好きなだけ食べていると言いますが、イチロー選手は自分の体と対話ができているので、必要以上のものを食べないように自然とコントロールができているのでしょう。
私たちのような、日頃ボヤッと生きている人間が好きなものを好きなだけ食べていたら、ただの暴飲暴食と変わらなく、たちまちメタボになってしまうでしょう。
少し、自分の体の声を聞くトレーニングをしてみましょうか。
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