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ところが
2011 / 03 / 26 ( Sat )
少し英語の聞き取りができるようになったと思いきや。
忙しさにかまけて2週間近くサボった結果、元の木阿弥…。
誰しもそうと思いますが、何日かサボるとサボる前の実力を維持できているかに不安を感じます。
そして、現実から目をそむけ、やることから逃げてしまう。
やってもなかなかできるようにならない、けれどやらなければそもそもできるようになる訳がない。
ココ大事なトコ。
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歴史本
2011 / 03 / 24 ( Thu )
友人から勧められていた『よむだけですっきりわかる日本史』を買いました。
歴史関係の本は、マンガになっているもの、最大限ビジュアル化したもの、テーマ別になっているものなどいろいろな種類が出ています。
その中で、この本は口語調と言いますか、実際に目の前にいる人に話しかけるような文体で書かれています。
こういう試みは、わたしが知る限りでも数学の参考書や語学本にも見られますが、率直にいいと思っています。
本当は格調高い文体で書かれている(かどうかわからないですが、わたしが受験生時代に利用した参考書のような)本を理解できればいいのかもしれませんが、そういう本では、わたしはちっとも頭に入らなかったのを覚えています。
しかし、最近手にする口語調の本はとっつきがよく、より深く勉強する場合には格調高い本を読めばいいと思いますが、苦手科目でなかなか手がつかないという場合などにはぴったりだと思います。
こういう本が多く出てきているのは、いいことだと思います。
21:03:42 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
英語のディクテイション
2011 / 03 / 23 ( Wed )
少し前ですが、映画を見に行きました。
タイトルは『太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男―』でした。
内容のことはここでは本題とは外れますので省きます。
何のことかと言いますと、英語の聞き取りのことです。
内容的に、日本語と英語が半々だったこともあると思いますが、最初に自分が予想していたよりも聞き取れたのでした。
地味にコツコツ聞いていたのが効果を表したのかと思います。(ずいぶん時間がかかっていますけど)
一つ、気が付いたことがあります。
それは脚本のことです。
現実感は出していますが、一度にたくさんの人が話すような場面は意図的に作らないのですね。
ひとりひとりのセリフが引き立つように脚本が書かれているのだなと思いました。そのおかげで、わたしの英語力でもある程度聞き取れたのですね。
21:03:21 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
twitter
2011 / 03 / 21 ( Mon )
1か月前くらいに、知人の応援で始めたtwitter。
最初はさして興味もなかったのですが、東北地方太平洋沖地震後、何人かのわたしが興味のあったジャーナリストや政治家の方々をフォローして経過を見るようになりました。
それが大変興味深く、最近は数時間おきのチェックが欠かせなくなっています。
21:34:35 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
無題
2011 / 03 / 02 ( Wed )
先日、フードライターの小石原はるかさんをある番組(なんという番組だったか忘れましたが)で見ました。
その中で、面白いと思ったことを紹介します。
はるかさんのお母さんは、やはりと言うか料理研究家だそうです。
そのはるかさんのお母さんは、はるかさんが小さいころ、レストランで食事をするときにはるかさんがわかってもわからなくてもメニューを渡し、わからないことがあればウェイターさんに聞きなさい、と教えたいたのだそうです。
ただ単純に親が決めて食べさせるのではなく、形式的にしろメニューを見させて食事を主体的に選ぶ、わからないことは自分で解決するということを外食をするなかで学ばせようとしたのだろうと思います。
私は感動しました。
07:15:50 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
昨日のブログを書いていて思い出したこと
2011 / 03 / 01 ( Tue )
わたしは中3の暮れに父を亡くしました。
父は商売が上手な人ではありませんでしたので、生きていてもあまり経済的に裕福な生活はできなかったと思います。
それはともかく、母は必死でやりくりをしてわたしを大学に進ませてくれましたが、浪人もしましたし、結果としては母に余計な経済的な負担をかけてしまいました。
大学に入って、同級生の話を聞いてみると、確かに浪人をして予備校に通った人も多かったし、仕送りをしてもらっていた友人もいましたが、受験をする条件に変わりはないのだ、ということに気が付きました。
条件という言葉がいいのかわかりませんが、みな大学受験をするまでに多少違っても18歳から20歳くらいのほぼ同じ年数を生きてきたということには変わりがないと思ったのです。
当時は小学生のころから進学塾に通うというような社会現象はまだありませんでしたが、わたしは同じだけ生きてきた中で、なぜ差がつくのかといえば、その期間でどれだけの積み重ねをしてきなのかの差だと感じたのです。
先に当時と今では状況は違うと書きましたが、塾に通うかどうかではなく、塾に通わない子は友達が塾で勉強をしている間に何をしているかといえば、その時間に勉強をすることはできるはずで、多少の環境の差はあるでしょうが、それはどの親に生まれてくるかというようなところに行きついてしまうので、自分が置かれた環境の中でどう生きるかということにつながるのだと思います。
わたしは母子家庭という環境の中では、母のおかげで好きなようにやらせてもらいましたが、自分の甘さを今は痛感しますし、単純に塾に通わせられないからとかいう理由だけで、進学をあきらめることはないのだということを実践したいという気持ちがあってらくだに拘っているのだと、最近になってやっと気が付きました。
らくだをやることで、もちろん月謝はいただくわけですが、最低限のコストで子供たちに学ぶ力をつけてあげたいと願いながららくだの看板を降ろすまいと日々の生活と格闘しています。
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