スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
昨日のブログを書いていて思い出したこと
2011 / 03 / 01 ( Tue )
わたしは中3の暮れに父を亡くしました。
父は商売が上手な人ではありませんでしたので、生きていてもあまり経済的に裕福な生活はできなかったと思います。
それはともかく、母は必死でやりくりをしてわたしを大学に進ませてくれましたが、浪人もしましたし、結果としては母に余計な経済的な負担をかけてしまいました。
大学に入って、同級生の話を聞いてみると、確かに浪人をして予備校に通った人も多かったし、仕送りをしてもらっていた友人もいましたが、受験をする条件に変わりはないのだ、ということに気が付きました。
条件という言葉がいいのかわかりませんが、みな大学受験をするまでに多少違っても18歳から20歳くらいのほぼ同じ年数を生きてきたということには変わりがないと思ったのです。
当時は小学生のころから進学塾に通うというような社会現象はまだありませんでしたが、わたしは同じだけ生きてきた中で、なぜ差がつくのかといえば、その期間でどれだけの積み重ねをしてきなのかの差だと感じたのです。
先に当時と今では状況は違うと書きましたが、塾に通うかどうかではなく、塾に通わない子は友達が塾で勉強をしている間に何をしているかといえば、その時間に勉強をすることはできるはずで、多少の環境の差はあるでしょうが、それはどの親に生まれてくるかというようなところに行きついてしまうので、自分が置かれた環境の中でどう生きるかということにつながるのだと思います。
わたしは母子家庭という環境の中では、母のおかげで好きなようにやらせてもらいましたが、自分の甘さを今は痛感しますし、単純に塾に通わせられないからとかいう理由だけで、進学をあきらめることはないのだということを実践したいという気持ちがあってらくだに拘っているのだと、最近になってやっと気が付きました。
らくだをやることで、もちろん月謝はいただくわけですが、最低限のコストで子供たちに学ぶ力をつけてあげたいと願いながららくだの看板を降ろすまいと日々の生活と格闘しています。
スポンサーサイト
10:00:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<無題 | ホーム | 続けること>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://kagayakijuku.blog81.fc2.com/tb.php/536-9f149305
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。