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子どもは自然
2011 / 12 / 07 ( Wed )
ラジオで聞いた話で、電車の中で聞いたので聞き取れなかった部分があったり、忘れてしまった部分もあるのですが…。
ある女優さんが、養老孟司先生の言葉を引用されていました。
「子どもは自然。コントロールするものではなく、手をかけるもの」
その女優さんは、この言葉に出会い、子育てに対して気が楽になったと話されていました。
私たちは、時には食料とするため、またあるときは観賞用として、自然保護を目的として植物を栽培します。
栽培というのは、育てることであって、作ることではありません。肥料をやったり、水をやったりして、たくさんの日光を浴びられるように願い、虫がついていないか心配し、病気にかかっていないかを注意する、そういうことです。
決して「今度新しいOSが出るから、アップグレードしよう」とか「少しスピードが物足りないからメモリーを増やそう」とかいうものではありません。
自然の持つ生命力を前提とし、その生命力が発揮されるように手をかける。
子育てもそういうものではないかと養老先生はおっしゃっていらっしゃるようです。
巷間の雑誌を見ると、子育てには法則があって、その通りにすれば自分(親)の思い通りに育つかのような見出しが躍っています。
実際、その通りになっているのでしょうか。
たいていの場合、そういう記事を読んで何日かは書いてある通りにしてみるものの、すぐに「ああしなさい」「こうしなさい」と子どもの育つのを待ちきれず、元の生活に戻ってしまっているのではないでしょうか。
養老先生のインタビューをネットで見ますと先生の母上は開業医でいらして、大変忙しくされており、先生が成人したのちに母上がどこかで「私は手はかけなかったけれど、気はかけた」と発言されているのを耳にして、「何言ってるんだ。結構要らぬおせっかいをしてきたじゃないか」と思ったと回想されていらっしゃり、手をかける必要すらもないように受け取れる発言をなさっています。
私自身、かつて子育てをしていたころ、子どもをのびのび育てたいと思う反面(本来は必ずしも逆行するものではないかもしれませんが)、いい学校(がどういうものかもいろいろ考え方があると思いますが)にも入れたいというところでジレンマを抱えていたのを思い出します。結局、どっちつかずの亭主を当てにしなかったしなかった家内がそれなりのところに押し込みました。
それはともかく、養老先生は医療技術が発達し、衛生面も改善された結果人間の寿命が延び、人はいつ死ぬかわからないから今を精いっぱい生きるという生き方から、これから何年くらい生きるだろうからその間の保険をかけておこう、準備をしておこうという生き方に変わったと述べておられます。
つまりいい学校を出て、いい会社に入る、公務員になる、というような生き方ですね。
先生は同じくこうも述べていらっしゃいます。「今の学生は教科書に載っていない問題に対しては全くお手上げの子が多い。」
それは私も感じていまして、問題が解けない言い訳に「まだ学校でやっていない」とかいう子が多いように感じます。「じゃあ、学校でやったことのある問題なら全部答えられるのか」と言いたくなるのですけど。
現代は、親も学校も塾も手をかけすぎるので、子どもの生きる力を奪ってしまっているのかもしれません。野菜の促成栽培のように。
自然には自然のシステムが働いているので、そのシステムにもっと任せてもいいのかもしれません。
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